地方移住の目的に農業を挙げる人は少なくない。しかし、全国新規就農センターの調査によると、就農1・2年目から農業で生計が成り立っている人の割合は14.6%(※1)だった。農業で食べていくためには、5年、10年先を見据えた現実的な経営プランが求められる。
岩手県出身の大杉祐輔さんは、大学のサークル活動で訪れた南大隅町で農業の魅力に開眼。「南大隅の人を農業で笑顔にしたい」。その目標を叶えるために、卒業後は栃木県の農業塾で有機農業を2年にわたり学んだ。その挑戦の軌跡と移住のプロセスを振り返る。
※1 平成28年度新規就農者の就農実態調査より抜粋
コラム:里山 真紀 撮影:高比良 有城 2018年8月取材
2年間の就農研修で、農家の“リアル”を実感
2016年春、栃木県の農業塾で社会人として第一歩を踏み出した大杉さん。農業技術や経営手法など就農のノウハウを学ぶため、4畳半一間の研修寮に住み込みで働く日々が始まった。
研修の場は、山に囲まれた広大な農地。そこでは80種類以上の野菜と米を栽培し、鶏を平飼いにして、有機農業が実践されていた。収穫した作物は、会員制宅配で提供される一方、自然食品店や地域の物産館等にも出荷。生産・加工・流通・販売といった農業の流れを一貫して学ぶことができた。
大杉さんは、主に採卵鶏を担当。ヒナからニワトリを育て、卵を産ませて、最後は食肉にするところまで見届ける。
朝5時に起きて、夜8時ごろに仕事を終える毎日。慣れない農作業で、当初は寝ても疲れが取れず、毎朝つらかった。また、毎週の技術検討会や月1回のレポート提出も義務づけられており、精神的なプレッシャーもあった。さらに、天候などによって、休日が返上になったことも一度や二度ではない。
過剰なストレスに打ち勝ちたい。そんな思いから始めたのがマラソンだ。集団生活からひととき離れ、一人自然の中を走っていると、ストレスが発散され、気持ちが楽になった。時間の経過と共に体ができてくると、心身のつらさも少しずつ軽減された。
「まさに農家のリアルを感じた2年間でした」
研修生活をそう振り返った大杉さん。作物の栽培や養鶏に加え、加工・販売のルートまで学べたことは大きな収穫だった。
「野菜セットを軽トラックに積んで、会員さんのご自宅へ配達もしていました。そうすると、“この間のあれがおいしかった”という生の声が聞けるんです。それが非常に刺激的でした」
顔の見える関係づくりは、「食」と「農」の距離を近づける大切な要素のひとつだ。消費者の声を身近に感じられたことで、就農のイメージもより鮮明になった。
独立就農の成功の鍵は堅実な経営計画にあり
ひとくちに「就農する」といっても、そのスタイルはさまざまだ。農家の子弟が家業を継ぐ以外には、大きく分けて「雇用」と「独立」の2つのスタイルがある。雇用就農のメリットは、毎月決まった給与をもらって働きながら、技術と知識を身につけられることだ。一方独立就農は、自分で農地や機械などを確保する必要があるものの、自分の采配で経営できるのが魅力といえる。
大杉さんが当初から目指したのは、南大隅町での「独立就農」だ。「南大隅町の人を農業で笑顔にしたい」。その信念は、栃木県での研修期間中も決してゆらぐことはなく、地域への愛着もいっそう高まったという。
「研修中も年に一度は時間を作って、南大隅町を訪問し、お世話になった方々に先々の相談を兼ねた現状報告を続けていました」
こうして地域との信頼関係を強固にしていく一方、手を焼いたのが事業計画だ。もともと動物好きで、研修中に採卵鶏を担当していたことから、独立後も養鶏を主にしたいと考えていた。しかし、農業塾では、飼養規模から算出される収支計画の見通しの甘さなどを指摘されることもあった。
悩む大杉さんを後押ししてくれたのが、パートナーの存在だ。共に移住し、新規就農を支えてくれる女性とめぐり会ったのだ。「大切な人と未来を築きたい」。そう覚悟を決めて就農準備を加速させた大杉さんをついに周囲も認めてくれた。そして、2018年春、南大隅町への移住を決断した。
移住の第一関門は、地域とつながり乗り越える
大杉さんが生まれ育った岩手県から鹿児島県まで距離にして約1900km。九州最南端の地への移住について、家族の反対はなかったのだろうか。
「大学に入った当初は、将来アフリカに移住したいと言っていて、両親は大反対でした。そこから日本で農業をやりたいと方向転換したので、鹿児島での新規就農にはむしろ大賛成でした」
国内での就農で家族の賛同は得られたものの、移住に際して、越えなければならないハードルがあった。それは、南大隅町での「家探し」だ。インターネットで目ぼしい物件が見つかったものの、交渉は難航。中には賃貸と書かれていたにもかかわらず、購入の意思がなければ内見は出来ないと言われたケースもあったという。
困り果てたところで、交流のあった地域の人々に相談してみると、次々と空き家の情報が舞い込んできた。そこで、「ニワトリを飼いたい」と話すと、鶏舎に近い物件が見つかった。
大学時代から6年間にわたる地域との交流で人とのつながりを作り、情報を集めていたからこそ、条件にかなう物件を選ぶことが出来たのだろう。また、新規就農に不可欠な車も、紹介によって手に入れたという。
農業技術・知識の習得、経営・生活のプラン、そして、住居の確保。準備は整った。あとは就農するのみ。2018年4月1日。ついに大杉さんの南大隅町での挑戦が始まった。
〈後編〉では、この秋の新規就農に向けて準備を進める大杉さんの日常をご紹介。移住1年目の暮らしとは? そして南大隅町の魅力とは? 移住と就農のヒントがたっぷりと詰まっています!