「海外でも勝負できる」知覧茶の可能性を信じて(後編)

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プロローグ

大学進学を機に鹿児島を離れて11年。上京、アメリカへの語学留学、ワイン商社での販売やマーケティング、オーストラリアのワイン産地での就業などを経て窪さんは鹿児島に戻ってきた。Uターンした直後しばらくは北海道で仕事をすることになったが、3か月ほどで再び帰郷。「お茶がなんか面白そうだな」とオーストラリア滞在時にその魅力と可能性に改めて気付かされた知覧茶への興味を抱いていたところ、縁あってその産地である南九州市で新茶摘採の手伝いをすることになった。

インタビュー:奥脇真由美 撮影:高比良有城 取材日:2021年4月

深まるお茶への興味

「シンプルに面白かったですね。知らないことだらけで。いい癖なのか悪い癖なのか、知らないことに突っ込んで行きたくなる癖があって。お茶も知りたいなと思っていたんですが、(実際に関わってみると)あまりにも知らないことが多くて、全てが新鮮だったというか、刺激的なことでしたね」

初めて体験した新茶シーズンの仕事をそう振り返る窪さん。大学時代、コーヒーにはまってバリスタの資格まで取得した時のように、またワイン商社勤務から会社を辞めワインの産地に飛び込んだ時のように、今度は郷里・鹿児島のお茶について、摘採や加工、歴史、流通や品種、作り手のこだわりなどその奥深さに興味が深まっていく。
新茶摘採の手伝いは短期の仕事だったが、その際に南九州市の茶業課と関わったのが縁となり、地域おこし協力隊として同課に着任することとなった。

茶業課のデスクにて。事務処理からブランディングに関する企画、茶農家へ足を運んでのやりとりなどさまざまな業務に携わる

茶業課のデスクにて。事務処理からブランディングに関する企画、茶農家へ足を運んでのやりとりなどさまざまな業務に携わる

欲しい人に届いていない

オーストラリア滞在中に、海外で求められているという手ごたえを感じた知覧茶だったが、市の職員として生産者と関わるなかで聞こえてきたのは、お茶を飲まない人が増えたとか、消費がゆるやかになっているという声だった。
遠く海外で価値あるものとして求められている現状を目の当たりにし、一方で産地の魅力も肌身に感じていた窪さん。そんな消費の現場と産地の認識の乖離にもどかしさを感じた。

「欲しい人に届いていないというのが実際のところだと正直思っていて、若者が飲まないという話もよく聞くんですけど、僕はちょっとそれも違うだろうなと思っているところもあって。やっぱり届いていないんですよね」

窪さん自身、生まれも育ちも鹿児島県。出身地だからこそ

「ブランディングだったり発信をする力が弱い県民性なのかなと凄く感じていて、そこが今も大きな課題」

と想いを滲ませる。

「知覧茶」とひとくくりにされがちだが、ゆたかみどり、やぶきた、あさつゆ等品種も多彩で、作り手のこだわりや作っているエリアによっても味や香りなど個性が違ってくる。そんな豊かで奥行きのある魅力も発信しきれていないと語る窪さん。しかしそれは、

「裏を返せば、製造の部分は余計なことをやる必要は一切なくて、もう完成されているので、発信する力がプラスされれば国内だけでなく海外でも充分勝負できる業界」

とも感じている。また、お茶は野菜や果物と違い茶の葉を摘んで消費者に直送というわけにはいかない。商品になるまで、蒸したり揉んだり水分を飛ばしたりする荒茶加工があり、それから更に整形や分別、火入れなどの仕上げ工程がある。工程のなかでの商流も複雑なため、生産者は茶の葉の生産量を把握してはいても、最終的にそれが製品としてどこでどれだけ売れたのかが分かりづらい現状があるという。

「国内でも海外でも、お茶が欲しいという人はごまんといるので、それを届けるということ、そして生産者・作り手の方々が可視化できるような販路を構築するというのが当面の目標」

核家族化や単身世帯など家族の形態も暮らし方も多様化している現代、急須を持たない家庭も珍しくない。そんな家庭や一人暮らしの若者も気軽に飲めるようにドリップ型の一煎パックを作ったり、販路拡大と知覧茶の知名度アップのためECサイトを立ち上げたりと、知覧茶の魅力を伝え欲しい人に届けていくための試みを、窪さんは着々と具現化している。

「最終的に買う人が『この人が作っているこのお茶』と認識できるくらいまでになったら、お互いに(生産者も消費者も)相当面白くなると思います。購入する側は『この人がこのエリアのこの畑で作っているお茶』というところまで見えたら愛着が湧くと思いますし、生産者の方も、消費者までのルートが見えれば『自分のお茶はこういうエリアの人たちに人気なんだ』というのが分かってすごく楽しくなるかなと思います」

南九州市の暮らしで感じること

窪さんが暮らす南九州市は、豊かな自然のなかで育まれる知覧茶などの農産物とともに、風情ある武家屋敷群や戦争の歴史を伝える知覧特攻平和会館などが有名な観光地。鹿児島市街地までは車で1時間程度要するが、コンビニやドラッグストア、大型スーパーなどがあり買い物には困らない環境で、オーストラリア滞在中、広大な農園地域に住んでいた窪さんにとってはまだ都会の方だと感じるそう。

「オーストラリア滞在時はスーパーへ行くのに2~3時間というのを経験していて。だけどそれでも皆さん楽しんでいるんですよね。その経験に慣れてしまったら、例えば鹿児島市街地まで1時間程度というのはぜんぜん許容範囲だなと。地方移住を考えている方は、ある程度の不自由さを楽しめる人でないと、最初はたぶん全てがキラキラして刺激的だから全部ポジティブにいくと思うんですけど、だんだん慣れてきたら不便だな、しんどいな、コミュニケーション取れないなとかで、戻ろうかなという選択肢が出てくるように思います。不自由な環境でしか味わえないこと、それを楽しめる人が向いているんじゃないかなと思います」

コミュニケーションで言えば、南九州市のなかでも窪さんが暮らす頴娃(えい)地域の言葉は特に難解でメディアでもよく取り上げられる。鹿児島出身の窪さんでも

「すごく難解だと思います。来てすぐにカルチャーショックを感じてしまった。聞けば地元の人からも『頴娃弁はやっぱりアクセントが強かったりするからね』という話もあったりして。だけどすごく明るい性格の方が多いので、一緒に話していて面白い。こちらに気を遣って分かりやすいように話してくださったりもします」

そんな南九州市で窪さんがお気に入りの場所として挙げてくれたのは、薩摩富士の異名を持つ開聞岳を望み、日本地図作成のために測量に訪れた伊能忠敬も天下の絶景と称賛した番所鼻自然公園、標高445mの山頂から南薩の大地を360度のパノラマで一望できる大野岳、そしてまちに広がる茶畑の景色。

大野岳から望む開聞岳と池田湖

大野岳から望む開聞岳と池田湖

伊能忠敬も「天下の絶景」と称賛した番所鼻自然公園からの景色

伊能忠敬も「天下の絶景」と称賛した番所鼻自然公園からの景色

「景色が良くてベンチもあったりするので、ワーケーションみたいな感じでパソコンと一緒にお茶やコーヒーを持って行って、海や開聞岳を眺めながら休みの日とかもカタカタやったりしていますね。外に出て陽を浴びながらやっていたらすごくクリエイティブな感覚にもなれる気がします」

茶畑を一望できる茶ばっけん丘(高塚丘)。景色を楽しみながら仕事をすることも

茶畑を一望できる茶ばっけん丘(高塚丘)。景色を楽しみながら仕事をすることも

取材の最後に、茶畑を一望できる窪さんお気に入りの丘に案内してくれた。

「地元の人にはこういう風景とか、食べ物もそうですけど、外から来た人から見たら『これ凄いよね』というようなものが日常化してしまっている。地元の人の中には『ここ田舎だよね』とネガティブに言う人もいるけれど、僕はそんなことは思ってなくて、逆に豊かですごくいいところがたくさんある。そんなところももっと発信してほしいなと思います」

窪さんのかごしま暮らしメモ

かごしま暮らし歴は?

1年4か月

Uターンした年齢は?

30歳

Uターンの決め手は?

新型コロナウイルスの影響で海外での就業が難しくなったこと

南九州市の好きなところ

家の近くの番所鼻公園や大野岳。あと茶畑は総じて綺麗なので、茶畑を見ながらのドライブもよくしています

かごしま暮らしを考える同世代へひとこと!

最初から「生涯ここで暮らそう」と思うと自分自身に負担になってしまうこともあると思うので、とりあえず旅行とか短期滞在のつもりで一度来てみて、いやだったら帰ろうとか、合わなかったら移動しようでもいいと思います。気軽に一度来てみて、やりたいことが見つかったり自分に合うなと思ったら本格的に移住すればいいのではないかと思います。

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