「海外でも勝負できる」知覧茶の可能性を信じて(前編)

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プロローグ

大学進学を機に鹿児島を離れ、ワイン商社でのセールスや海外でのマーケティング、ワイン産地での畑の管理などを経験してきた窪拓摩さん。オーストラリア滞在中シドニーのレストランでバーテンダーとして働き取引業者との商談をしていたとき、鹿児島の知覧茶を扱う商社と出会い、改めて地元の食のポテンシャルに気付いたと言います。知覧茶の産地である鹿児島県南九州市の地域おこし協力隊として、現在茶業振興に携わる窪さんのかごしま暮らしを紹介します。

インタビュー:奥脇真由美 撮影:高比良有城 取材日:2021年4月


ふわっと鼻腔に押し寄せる、お茶の温もりと豊かな香り。ホッと癒される一方で、どこか目の覚めるような気持ち良さにも包まれる。お茶には実際、ヒーリング効果のあるテアニンや、疲労回復効果のあるカフェインが含まれているほか、血中コレステロールを低下させる作用などもあると言われている。

鹿児島県はそんなお茶の一大産地。最新の統計(2019年)でその産出額が静岡県を抜いて1位となり、いま盛り上がりを見せている。県内各地で栽培されているが、中でも知覧茶で有名な南九州市は市町村別のお茶生産量が日本一で、手入れされた茶畑や茶棚が美しく広がる景色は圧巻だ。

そんな南九州市の地域おこし協力隊として今年の2月から茶業課で働いている窪拓摩さん。現在は知覧茶のブランディングや新たな商流構築に力を入れている。

南九州市茶業課にて、発送作業をする窪さん

南九州市茶業課にて、発送作業をする窪さん

アメリカ留学で食文化に興味

鹿児島で生まれ育ち、大学進学を機に上京した窪さん。専攻は脳科学だったが「食べること、飲むこと」が好きで「仕事にするなら好きなことを」という想いがいつもどこかにあり、大学在学中は学業の傍らカフェでのアルバイトを経験。興味が深まりバリスタの資格まで取得した。
また、在学中は1年間休学してニューヨークへ語学留学。それぞれに多様な文化を持つ友人たちとの交流のなかで、特に郷土料理などの「食」がその人たちの思考やライフスタイルに大きく関わっていると感じ、単に「食べること、飲むこと」から広く「食文化」に興味を持つようになる。
大学卒業後はそんな「食文化」という観点から都内のワイン商社に入社。東京以北の大都市を中心に2000件近い飲食店・ホテルなどへの販売を担当したほか、マーケティングでイタリアをはじめ海外出張も経験した。

ワイン販売と産地での経験

マーケティングの一環としてイタリアを訪れた際に知ったのは、工場で大量にボトリングしているような大手のワイナリーだけでなく、中小規模で地元に根付いた家族経営のワイナリーも数多くあるということ。そしてそういった中小規模の経営者も、自分たちが暮らし育む地域に誇りを持って文化を発信しているということだった。

ワイン商社時代に訪れた、イタリアの世界遺産バルバレスコのぶどう畑にて

ワイン商社時代に訪れた、イタリアの世界遺産バルバレスコのぶどう畑にて

「(大手のワイナリーも家族経営のワイナリーも)どちらが正しく優位性があるとかはありません。(イタリアの)全20州の各地にそれぞれ長い歴史があり、各ワイナリーで出会った生産者とともにライフスタイルを形成されている地域の方々やmamma(マンマ:お母さん)が作る郷土料理は非常に絶品で、人間味溢れる方々がそこに根付いた文化を発信していることに感動しました。小さな経済圏から世界に発信するということはこういうことなんだという大切さを学びました」

イタリアで出会った家庭料理

イタリアで出会った家庭料理

オーストラリアのヴィンヤード風景

オーストラリアのヴィンヤード風景

販売、そして産地を訪れてのマーケティングを経験し、次第に産地の現場をもっと知りたいと思うようになった窪さん。会社を辞め、今度は高品質なプレミアムワインの産地として世界的にも有名な西オーストラリア州のマーガレットリバー地域へと渡った。そこでは数々のヴィンヤード(ぶどう畑)でぶどうの収穫や剪定、畑の管理などを経験。一方で、収穫のオフシーズンには東へ移動し、シドニーのレストランでバーテンダーとして働く。

「その時に日系の食材を扱う会社と商談をする機会もあって、知覧茶を取り扱っている会社に出会いました。商談のなかでテイスティングや試飲をしたりして。その時はまさか今のような(お茶関係の)仕事をするとは全く思っていなかった」

と振り返る窪さん。これまでほとんど意識したことがなかった自らの地元・鹿児島の特産品。遠い異国の地で改めて出会った「知覧茶」は、思いのほか価値あるものとして現地で求められており、郷土が育む農産物のポテンシャルに気付かされたという。

知覧茶のロゴマーク。南九州市を成す頴娃・川辺・知覧の旧3町を茶葉に例え、開聞岳や海など地元の豊かな自然や景観を表現している

知覧茶のロゴマーク。南九州市を成す頴娃・川辺・知覧の旧3町を茶葉に例え、開聞岳や海など地元の豊かな自然や景観を表現している

オーストラリアで感じた日本茶の価値

日本人の食生活には欠かせないものとなっているお茶だが、海外ではどのように捉えられているのだろうか。窪さんがオーストラリア滞在で感じたのは、日本のお茶は単においしいものという以上に、健康的な飲料として興味を持たれているということ。また、オーストラリアは日本以上に健康志向が強い土地柄で、値段よりも品質重視という傾向にあるということだった。

「日本では飲食店に行っても当たり前のように無料でお茶が提供されたりして、特に鹿児島は産地なので(お茶が身近にあり)、高いお金を払ってまで上質なものを買いたいという発想になりにくいと思うんですけど、向こうの人たちはからだに気を使うし、いいものならば多少高くてもお金を払って摂取したいという方が多い気がしましたね」

実際、健康志向が世界的なトレンドとなり日本食の需要も益々高まっている昨今、日本茶の輸出量は2013年から2023年の10年間だけでも4倍に増加している*1。2021年2月現在オーストラリアは日本からのお茶の輸出額が9番目に多い国となっていて*2、日本産のお茶は付加価値の高い商品と捉えられており、中国産のお茶に比べると単価も高く設定されているとの報告もある*3。

そんな動向を現地に暮らし肌身で感じていた窪さん。しかし前述の通りこの時はまだお茶に関わる仕事をすることは全く考えていなかった。その後ほどなくして帰国することになるが、それも実は世の中の大きな変化のなかで郷里に戻らなければならない状況になったことがきっかけだった。その変化とは、新型コロナウイルスの世界的な流行。それによって海外での就業が困難となり、2019年の暮れに鹿児島へUターンするに至った。

※後編では、オーストラリアで思いがけなく地元鹿児島の特産品「知覧茶」のポテンシャルに気付かされた窪さん。世の中の流れ、そして人との縁のなかで、南九州市の地域おこし協力隊という現在の仕事に辿り着きます。後編では、知覧茶の魅力を広く届けるために窪さんが描くビジョンや、南九州市での暮らしぶりについてお話を伺います。

【出所】

*1 農林水産省「お茶の輸出入動向」
https://www.maff.go.jp/j/seisan/tokusan/cha/pdf/cha_meguji_h2805.pdf
*2 日本茶輸出促進協議会「日本茶輸出関連資料」
http://www.nihon-cha.or.jp/export/date/index.html
*3 日本貿易振興機構(JETRO)「オーストラリア 日本食品の輸入動向:拡大する緑茶の輸入」
https://www.jetro.go.jp/world/oceania/au/foods/trends/1102001.html

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