【前編】小さな島の診療所。十分ではない環境が教えてくれること

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プロローグ

十島村内には病院がなく、医療の拠点を担っているのは各島にある村立の「へき地診療所」だ。各診療所には看護師が常駐しており、医師は鹿児島赤十字病院から定期的に派遣され、各島へ巡回診療を行っている。今回取材をしたのは、諏訪之瀬島診療所に勤める看護師の福田多夏美(ふくだ たかみ)さん。夫の学さんと共に鹿児島市から移住して4年、そのきっかけと、診療所の仕事について話を聞いた。

インタビュー:瀬戸口 奈央 撮影:高比良有城 取材日:2023年

海上から見た諏訪之瀬島。十島村内では中之島に続き、2番目に大きい有人島

島中央部にある御岳は、今も活発に噴煙をあげる活火山。火口付近は立入禁止区域もある

赴任先の徳之島で触れた、看護の奥深さ

出身は東京都世田谷区。高校卒業後に看護専門学校に進み、准看護師の資格を取得。3年ほどベンチャー企業に勤めた後、准看護師として東京の病院に就職。環境をがらりと変えようと25歳で看護師の派遣会社に登録し、赴任先として選んだのが、鹿児島県の徳之島だった。

「親元にいるとどうしても甘えてしまい、何もしていない自分がいた。ひとりぼっちでどこまでできるか挑戦する気持ちで、離島を希望しました。全国どこでも行こうと思っていたところ、徳之島に派遣されることになりました。」

東京に比べれば無いものも多いが、スーパーで買い物はできるし、生活には困らず、心地よかったと話す福田さん。また、一緒に働く看護師の先輩たちの言葉や姿勢から、看護の大切さ・奥深さを知り、さらに知識と仕事の幅も広げるため、一度病院を辞めて正看護師の資格取得を目指すことに。お世話になっていた看護師長の勧めもあり、鹿児島市の看護専門学校に3年間通い、31歳で念願の正看護師となった。

釣り好きな夫と、自分たちらしい暮らしを求めて

そのまま鹿児島市で総合病院に就職。順調にキャリアを積む中、行きつけのお店で知り合った学さんと37歳で結婚。

「なかなか子どもができなくて、二人だけの人生なら、お互い好きなことをしたいね、と話すようになったのが、移住を考え始めたきっかけです。旦那さんは釣りが大好きで、九州全土、鹿児島の離島も含めてあちこち2人で訪れていました。その流れで離島も移住先の候補に入っていましたが、のんびり探そうね、という感じでした」

ある日、学さんが十島村のホームページを開いたときに「看護師募集」の記事を発見。「旦那さんは仕事で何度か行ったことがあり、釣りをするのにも好きな場所だったみたいです。私も一緒に1、2回行ったことがありました。話だけでも聞きに行ってみようか?と軽い気持ちで役場に連絡をして行ってみたんですが、それが“面接”になって…トントン拍子で話が進んで。正直、じっくり考える間もなく決断した気がします」

元浦港の美しい夕日。集落から狭く急な坂を下ると目の前に広がる景色は絶景で、福田さんの大好きな場所だという

離島の深刻な人材不足に加え、高齢化に伴い求められる医療・介護の充実は大きな課題。
十島村では、看護師の負担の軽減と島民への医療サービス拡充のため、各診療所の看護師を1名から2名体制へと改定する施策が行われていたときだった。

へき地診療所が担う医療・看護・介護

診療受付時間は、月曜から金曜の8:30〜17:15。受付時間外でも急患が発生すれば駆け付けられるように看護師2名で診療所の携帯電話を当番制で持ち、24時間・365日対応する。

「軽い風邪の症状などであれば、看護師1人で対応しますが、骨折や心筋梗塞の疑いがあるなど、ヘリ搬送が必要なときは、必ず2人で対応するようにしています。とても責任の重い仕事に就かせていただいているなと思います」

患者の対象は赤ちゃんからお年寄りまで。健康管理など看護的な業務に加え、高齢の島民に対しては介護的な分野も担っている。

会話をしながら、体だけでなく心の調子にも気を配る福田さん

「現在、寝たきりの方はいませんが、週に1回訪問をしている方がおふたり。声を掛けて、きちんとご飯を食べているかなとか、身なりや顔色に変化はないかなど確認をします。また、診療所の隣のスペースで体操の教室を開いて、お茶を飲みながら相談事を聞くことも。コロナの状況により活動できない時もありましたが、やっとできるようになり、今は週3回開いています」

経験したことのない緊張感と強い思い

看護師と患者という関係だけでなく、小さな島で共に暮らす島民同士。まるで肉親のような間柄にある人ばかり。また医師が常駐しておらず、医療資源が限られた環境に、これまで勤めた東京や鹿児島の総合病院では経験したことのない緊張感があるという。

「命に関わるヘリ搬送のときには、もちろん無事を祈りますが、入院施設のない島なので、もうこの住み慣れた島に帰って来られないかもしれない。この瞬間が最後になるかもしれないと思うと、毎回怖くて手が震えます。看護師として冷静でいなければならないという思いがある反面、これは経験を積んだとしても、決して慣れてはいけないものなんだろうとも思います。言葉にするのはすごく難しいです」

診療所への電話は24時間365日対応し、緊急事態に備える

葛藤や苦しみがあるからこそ、何とかしたい、守りたいという思いも強い。

「体のために守るべきことを守ってもらえなかったり、わがままを言われたりすると、こっちも本気になって言い合いしちゃいますよ(笑)。でも、一緒に勤務している先輩が14、5年いらっしゃる大ベテランで、“みんなこれでも丸くなったのよー”と言いながら笑い飛ばしています。みなさんからの信頼も厚くて、とても頼もしいです。私自身、諏訪之瀬島に来て4年ほどになりますが、二度の産休もあり、まだまだ何もできていません。先輩の看護師さんと協力して、みなさんが元気に長く暮らしていけるお手伝いができたらいいなと思っています」

移住してまもなく妊娠が分かり、産まれたのが長女の雅(みやび)ちゃん。すくすく成長し、現在3歳

第二子の尊(みこと)くん、1歳

後編では、諏訪之瀬島への移住後に経験した妊娠・出産、そして子育てと仕事を両立する日々の暮らしについて話を聞きます。

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