プロローグ
インタビュー:立花実咲 撮影:高比良有城 取材日:2023年
お客さんの9割が鹿児島県在住
福岡県田川市出身の上門健さんは、2022年4月に大崎町へ移り住んだ。「ここで独立してグローブ作りやアフターフォローをやってくれないか」と、大崎町の方から声をかけてもらったのだ。
「福岡に住んでいたころはスポーツ用品店で働き、日曜日は自宅でオリジナルのグローブを作っていました。自作のグローブを注文してくれた方の中で、たまたま大崎町のお客さんがいまして、いろんな方に口コミで僕のグローブを広げてくれたんです。『こっちに来ないか』と誘ってもらったのが移住のきっかけですね」
上門さんの評判は徐々に広がり、いつしかオリジナルグローブを注文するお客さんは、大崎町を中心とした鹿児島県内の方々が9割近くを占めるように。そこで上門さんは、移住を前提に1年ほどかけて自宅と工房を併設できる物件を探した。
やっと見つけたのが現在の青い外装の家。ここが上門さんの店舗「gateup」。そしてオリジナルのグローブが生まれる工房だ。1日に約1個、型取りから縫製まですべて手作業で、フルオーダーメイドのグローブを作り、販売している。
「時には指一本一本に合わせて太さを変えたり、柔らかさを微調整したり。できあがってお客さんに渡すとき『ちょっとキャッチボールしてみますか』と提案して使い心地を確かめてもらうこともあります。そんなこと、店舗で雇われて働いているときにはできませんでした。工房を大崎町に構えてからは、お客さんの生の声を直接聞くことができるし、グローブにすぐ反映できるのがやりがいにつながっています」
野球やソフトボールを気軽にできるように
小学校の子どもたちからプロ野球選手まで、さまざまな野球やソフトボールのプレイヤーが上門さんの元を訪れる。最近は、高校生が特に多いのだとか。
「福岡に住んでいた頃から、鹿児島県は、野球やソフトボール人口が多いというイメージがありました。知り合いのメーカーさんに九州で一番ソフトボールが盛んな地域は鹿児島県だと教えてもらったこともあるんですよね。実際に鹿屋市には、MORI ALL WAVE KANOYA (モリオールウェーブカノヤ)という女子プロソフトボールチームがあったり、ソフトボールの日本代表になった選手が大崎町出身だったり。自分が作ったグローブを、すぐ近くで使ってくれているので、使い心地を試合後に聞くこともできます」
地域のスポーツ用品店を見るのが好きだという上門さん。大崎町の隣町である鹿屋市(かのやし)の大型のスポーツ用品店では、ソフトボール関連のグッズが多いことに驚いた。同時に、昨今の物価高騰の煽りもあり、野球やソフトボール用の道具が高価になっている。そんな現状に対し、上門さんは「自分が作るものはなるべく安く」という思いを強くする。
「いろんな道具をそろえようとすると安くても10万円以上かかります。最近だと道具が高価で、子どもに野球やソフトボールをさせない親御さんもいます。だからせめて、グローブだけでも安くおさえられたらと。選手や子どもたちの困りごとを、グローブを通じて解決したいと思っています。そして、気軽に野球ができる環境をつくりたいですね」
休日は、近所の公園に子どもたちの練習を見に行ったり、大人のソフトボールチームの練習に参加したりしているという。
縁もゆかりもない大崎町へ引っ越すにあたり、生活の不安や困りごとはなかったのだろうか。後編では、地域での暮らしぶりについて伺う。