【後編】小さな島の診療所。十分ではない環境が教えてくれること

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プロローグ

鹿児島県内の離島での救急搬送では、医療環境や患者の容態に応じてドクターヘリや消防・防災ヘリ、自衛隊ヘリなどが用いられる。その搬送患者数は年間600名を超える(※令和2年度、鹿児島県保健医療福祉課・消防保安課調べ)。十島村島内の場合、まず奄美大島の県立大島病院のドクターヘリが出動し、受け入れを行う。ヘリ到着まで一番近い宝島で約20分、最も遠い口之島は約50分ほどを要する。

看護師として、日々、島の医療を支える福田さんだが、自身も出産に際し、島の医療環境の厳しさを身をもって実感した。妊娠・出産の経験、そして子育てと仕事を両立する日々の暮らしについて、話を聞いた。

インタビュー:瀬戸口 奈央 撮影:高比良有城 取材日:2023年

昨年10月、諏訪之瀬島と鹿児島空港を約1時間で結ぶ定期航空路線が新設された。乗客3人の軽飛行機で週2回、予約があった場合のみ運行する

ヘリ搬送も経験した、命懸けの出産

後悔はしたくないと、移住を前に不妊治療をした福田さん。待望の第一子の妊娠が分かったのは、諏訪之瀬島へき地診療所の入所式当日の令和元年4月1日だった。職場の理解もあり、研修などもこなしていた矢先、まだ20週というタイミングで突如破水が起きた。

「いきなり自分がヘリ搬送を要請することになってしまいました。まずヘリで県立大島病院に運ばれましたが、ここでは設備の都合上、対応に限界があり1週間ほど入院したあと、さらに鹿児島市立病院へ行くことになりました。ちょうど台風が来ていて、飛べるか飛べないかと、大変な日でした」と振り返る。

赤ちゃんは助からないかもしれないと説明を受け、命の危険があるときには母体を助ける旨を記した同意書にサインもした。その後は入院生活を続けた甲斐もあり、希望していた通りに故郷の東京へ戻って、12月、無事に第一子の雅(みやび)ちゃんを出産した。

「たまたま担当してくれていた主治医の先生に会う機会があって、あのときは本当に助からないかもしれないと思っていた。ごめんね、無事で本当によかった、と言われました。よく生まれてきてくれました」

飛行場から望む風景。諏訪之瀬島のシンボル・御岳(右)と根上岳(左)、麓には牧場や集落も見える

仕事と育児の両立は夫婦ふたりで助け合い

第二子・尊(みこと)くんのときも、妊娠10週目で大量出血。流産の可能性が高いと言われ、そのまま鹿児島市立病院で長い入院生活を経ての出産となった。

「辛かった入院生活。検査のたびに撮ったエコー写真に、そのときの出来事や気持ちを書き残してきたんです。それから、生まれた後も日記として毎日書くようになって、三日坊主な私ですが、長女出産のときから3年半以上も続いています。自分でもびっくりです(笑)。やんちゃすぎて怒ってばっかりの毎日ですけど、いつか子どもたちに見せて、一緒に振り返るのが楽しみですね」

看護師としてフルタイムで勤務しながら、幼い子ども二人の子育てに奮闘中の福田さん。保育園はあるが、保育士不足で預けられるのは現在週3回の午前中のみ。夫の学さんは、フルリモートワークが可能な通信関係の仕事のため、この島で始めた畜産の仕事も掛け持ちながら、保育園のない時間は子どもたちを自宅でみている。

「職場の先輩がとても理解のある方なので、子どものことを優先させてもらえることも。保育園に預けられる時間がもっと増えればいいのですが、そう簡単ではありません。旦那さんの負担もかなり大きいと思っていて、本当にいつも感謝しています」

島内には共同の牛舎や放牧場がある。学さんも村の新規就農者向けの助成金を活用し、畜産を始めた

あるものを活かして、工夫して、美味しく

福田さんが移住して最も大変だと感じているのは、スーパーマーケットが身近にないこと。週に2回船が来て、注文していた食材や生活用品が届くが、天候次第では1、2週間以上滞ることもある。

「食べるものがなければ生きていけないと、切実に感じる環境です。だから冷蔵庫も冷凍庫もかなり容量大きめです。冷凍できるものは必ずストックしておくのと、台風の停電にも備えて、中には保冷剤を大量に常備しています。子どもが豆腐や納豆が好きで、それがないとご飯を食べないというときは困りましたね。賞味期限が短くて一度に大量買いはできませんから。レタスとか、新鮮で足の早い葉物野菜などが貴重だなと思うようになりました」

その一方、畑で自分たちで育てた野菜や、家族で釣った魚を食べる喜びがあり、限られたものを活かす知恵も鍛えられたと語る福田さん。釣り好きな夫のおかげもあり、魚をおろすのはお手の物。保存をきかせるために塩麹漬けに挑戦したり、手作りでより美味しく長く食べられる方法を試す楽しみも知った。

休日は景色のいい場所で家族と過ごしてリフレッシュする

島のみんなが見守ってくれている

夕飯の時間になると、よくご近所さんが「今釣ってきた」と立派な魚を持ってきて、そのまま福田さんの家で宴が始まることもしばしば。

「面白いですよ。小さな村なので人と人との関係が近く、みんなが子どもたちをすごく気にかけてくれているのを感じます。見かけて声をかけてくれるだけじゃなくて、ひなまつりにはちらし寿司を作ってきてくれたり、誕生日を祝ってくれたり。皆さんの愛を感じます。迷惑なぐらいのおせっかいもたまにありますけど(笑)それも魅力ですね」

看護師として働く環境が大きく変わり、出産を経て自身のライフステージも変わった。

「安心して暮らせる場所を目指したいが、どうしても医療体制は弱い。だから自分自身も含め、みなさんの健康管理もしっかりやって、お世話になっている方々の力になりたいです」

荘厳な岩に覆われた乙姫の洞窟。トカラ列島の島々に伝わる乙姫伝説が由来となっている

乙姫の洞窟の中から眺める海は特別な美しさ

福田さんのかごしま暮らしメモ

かごしま暮らし歴は?

4年

Iターンした年齢は?

39歳

Iターン移住した決め手は?

好きなことをして暮らそうと、夫婦で話し合った。魚釣りが好きな夫のお気に入りの場所だったことと、自分の看護師という資格を活かせる環境だったこと。

諏訪之瀬島の好きなところ

島全体で子どもを見てくれる、あたたかさ。みんなが気にかけてくれている

かごしま(諏訪之瀬島)暮らしを考える同世代へひとこと!

自分自身、ものが十分にないからこそ、あるものを活かす、生きる力や知恵がついたと思っています。大変なこともあるかもしれませんが、人との関わりも濃いので、みんなが助けてくれる。いろいろと楽しんでみてほしいと思います。

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