変わりゆく価値観と理想の暮らし

変わりゆく価値観と理想の暮らし(前編)

投稿日:2020年8月11日 更新日:


プロローグ

新型コロナウイルスが猛威を振るい、世界中で感染が拡大し続ける昨今。
これまで私たちが“当たり前”に過ごしてきた日々の暮らしや働き方そして価値観は今、大きく変わりつつある。
今回ご紹介するのは6年前に大隅半島西部に位置する町「錦江町」へUターンした田原さんご家族。

田原さんご家族

田原さんの暮らしは、この時代を生きる私たちに勇気と大きなヒントをくれる“理想の暮らし”だった。

インタビュー:満崎千鶴 撮影:高比良有城 取材日2020年7月

大好きな故郷へ戻りたい…Uターンを決意するまで

家族を連れ、2014年に生まれ育った錦江町へとUターンした田原康隆さん(36歳)。康隆さんは高校卒業を迎える18歳まで錦江町で暮らし、大学進学のため福岡へ。卒業後はそのまま福岡にある商社へと就職した。
妻の麻里子さんとの出会いも、同じ職場の同僚だったそうだ。福岡で2人は結婚・子どもにも恵まれ、安定した生活を送っていた康隆さんが錦江町へUターンすることを決意するまでの経緯は…?話を聞いた。

田原康隆さん
「まず何より、僕はこの町(錦江町)が大好きでした。同級生同士も仲が良くて、卒業してからも集まったりしていましたね。福岡に暮らしていた時はなかなか会うことが出来なかったけれど、気を許せる友人がこの町にはたくさんいたこと。もうひとつは、錦江町は “働くお母さんを応援したい!”という地域のバックアップがあって、とても子育てしやすい環境なのです。保育園を探すのも大変な都会とは違い、夕方まで子どもたちを預かってくれる学童保育の先生たちも協力的で、共働きで頑張ることが出来る環境をしっかり整えてくれています。地域の方たちもみんな優しく温かいこの町で子育てをしていきたい!と思い、Uターンすることを希望しました」と話す康隆さん。

一方、福岡出身の麻里子さんは当時を振り返りこう話す。

田原麻里子さん

「初めて錦江町へ訪れた時は、“こんな山奥に人が住んでいるの!?まるでトトロの世界みたい…(笑)”と思いました。

この山道を抜けた先に、本当に民家があるの!?と。でも、初めて錦江町の星空を見た時“なんて綺麗なんだろう!”と深く感動したのを覚えています。

私が生まれ育った福岡の町は山も海もないところだったので、自然豊かな錦江町をすぐに好きになりました。だから移住することに抵抗はありませんでした」
熱い地元愛と、錦江町の美しさを肌で感じた麻里子さんの後押しもあり、康隆さんはこの町へと戻ってきた。

リモートワークで得られた“幸福”

6年前に念願のUターンを果たした田原さんご夫妻だが、実は周囲からの反対も多かった。
「本当はもっと早い時期、25歳くらいの頃から帰りたい…と思っていて、その意思を両親や友人にも話していました。でも“帰ってきても仕事がないよ”とか“せっかく都会で仕事しているのだから…”と反対の声が多かったのは事実です。

錦江町

錦江町の主幹産業は農業や建築業で、仕事を探すなら実家の家業を継ぐか役場…選択肢が限られているのは確かでした。

どうせ転職するならやりたいことを仕事にしたい…と思っていたちょうどその時、テレビで『半沢直樹』をやってたんです(笑)誰も相手にしない地元の小さな町工場の未来のため、融資をしてくれる人がいた…というシーンをみて、“あ!こういう仕事をしたいな”と強く思った30歳の節目に、周囲の反対を押し切り地元へ帰ることを決意しました。」と康隆さん。

「私自身は移住への抵抗なかったけれど、勤めていた会社をやめて転職すること・知らない町へ永住することに対して両親はとても心配していました。福岡から私たちが暮らす錦江町田代までは車で5~6時間掛かります…そんなに遠く離れてしまうことへの反対もありましたね」と麻里子さん。

康隆さんは現在、前職での経験を活かし、この町で暮らす地域の人たちがより豊かな生活が出来るように…夢を叶えるためのお手伝いができるように…とライフプランナーとして活躍している。
麻里子さんは錦江町が廃校となった旧神川中学校を改装し、サテライトオフィスとして誘致した東京の企業に所属し働いている。

「私も妻も、自宅を拠点に仕事をしています。地元に戻るという選択をする時みんな心配したけれど、ライフプランナーという仕事を通して、地域の人たちが不安に思っていた老後の生活や子供たちの教育のことなど、“あ!心配しなくても大丈夫なんだ!”と安心してもらえた時、自分の存在意義を感じます。今は自然豊かな環境の中で生活しながら、都市部と遜色のない働き方が出来る時代なんです」と笑顔を見せる康隆さん。


「在宅で働きながら出勤は週に一回でいい…という条件の元、ほぼ自宅のリビングで仕事をしています。お昼になれば自分でお昼ご飯を作って食べて、お庭のお花に水をあげて…夕方子供たちをおかえり!と迎えることが出来る。母親としても働く女性としてもこんな生活に憧れる人がきっといるはず。そんな働きかたは不可能ではないよ!ということをみなさんに伝えたい。今の仕事に就いて、仕事はどこでも出来るんだ…ということを実感しました」と麻里子さん。

周囲の反対をよそに、2人は今、とても充実した日々を送っている。
※後編は、錦江町で暮らす田原さんご家族の生活と、目指す未来ついて伺います。

田原さんご夫妻の鹿児島暮らしメモ

かごしま暮らし歴は?

6年目です。

Iターンした年齢は?

康隆さん30歳・麻里子さん31歳

U•I•Jターンの決め手は?

生まれ育ったこの町が好きだったから

暮らしている地域の好きなところ

康隆さん:地域の人たちがみんな温かく前向きなところや何かをしようとする時、とても熱量があるところ 麻里子さん:星と大自然

かごしま暮らしを考える同世代へひとこと!

康隆さん:都会から帰ってきたら、不便に感じることもたくさんあるけれど、“住めば都”田舎でもネット環境が整っているので、困らずに生活することが出来ます!経済的な不安もあるかも知れませんがまずは恐れず帰ってきて欲しい!

麻里子さん:引っ越してきて住民票を役場に提出したときに、“引っ越してきてくれてありがとう!”と言ってもらえたのはこの町が初めてです!地域の方たちはみなさんとても温かい人たちばかりなので安心して戻ってきてください!


後編へ

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