プロローグ
インタビュー:奥脇真由美 撮影:高比良有城 取材日:2020年12月
大空に向かって力強く幹を伸ばすソテツの巨木が印象的な校庭。その一角には土俵があり、例年秋には地元の伝統行事・伊﨑田相撲で賑わう。志布志市有明町にある伊﨑田小学校。東京都出身の戸上博司さんは、ここでGIGAスクールサポーターをしている。
GIGAスクールサポーターとは、文部科学省が令和元年に打ち出した教育現場のICT環境整備構想「GIGAスクール構想」の推進のために学校に配置されるICT技術者。戸上さんは市の教育委員会から委託を受け、学校内でICT活用による業務効率化や、コロナ渦でのZoomを利用した授業・会議等のサポートを行っている。
志布志に来たきっかけ
戸上さんは2016年、地域おこし協力隊としてこのまちにやってきた。
東京都で生まれ育ち、高校卒業後は米国留学やコミュニティカレッジでの学びを経てアニメーション制作会社に勤務。エンジニアとして長年務めたのち、大学で経営学を学び直すと次はシンガポールへ渡って通販サイトの仕事に携わった。帰国後新たな就職先を探すなかで知ったのが「地域おこし協力隊」の仕事だ。
プライベートではダイビングや自転車が好き。都会に住んでいたころから自然豊かな場所に住んでみたかったといい、地域おこし協力隊に興味を持った。
「暖かいところがいいな」
そんな感覚で、離島を中心に南方での募集を探すなか見つけたのが志布志市の「タブレット教員」の募集。「そのとき探したなかで、自分のICTスキルが活かせるいちばん南の募集が志布志市でした」と振り返る。
ふるさと納税の担当に
志布志市の地域おこし協力隊として入職が決まったが、シンガポールでの通販サイト運営の経験が買われ、配属されたのはタブレット教員ではなくふるさと納税推進室だった。
志布志市は、和牛のオリンピックと言われる全国和牛能力共進会で優等賞1席の牛を輩出するなど畜産業が盛んな一方、漁業では養殖うなぎの生産量が国内トップ*を誇るなど、食の宝庫としても知られるまち。魅力あふれる特産品のブランディングや市のふるさと納税特設サイトの運営を担当した。
また、市役所内のメールをクラウド化したり、外部業者とのやりとりにグループウェアを取り入れたりとICT環境の整備を進め、市役所業務の効率化にも取り組んだ。
*日本養鰻漁業協同組合連合会統計資料より
一次産業のIoT導入にも一役
市役所での業務の傍らで、同じ課の職員が取り組んでいた地域のボランティアも手伝うようになる。主に牛農家など一次産業の現場にIPカメラを導入する作業だ。
IPカメラはインターネットへの接続が可能なカメラで、牛舎などに導入する場合、まずWi-Fiなどのある自宅から中継器で電波を飛ばすなどして牛舎にインターネット環境を整え、設置したIPカメラをネットワークにつなぐと、例えば長時間見守りが必要な牛の分娩なども、わざわざ牛舎に出向かず自宅のパソコンや携帯などで見守ることができる。
協力隊を経て会社を設立
「それが今の活動につながっています」。IPカメラ設置のボランティアに関わるなかでその需要が多いことを知った戸上さん。3年間の地域おこし協力隊の任期を終えたのち、IPカメラなどのICT機器を一次産業の現場や商店街等で活用する事業をスタートさせた。
「一度牛舎にその環境(インターネット環境)が整えば、カメラだけではなくほかにもIoT機器の提案ができる。例えば温度計を配置して温度変化に応じてヒーターやファンを作動させたり、設置したライトの照度を制御したり。そういった提案をさせていただいています」
ニーズがあるとはいえ過疎高齢化の問題も抱える志布志市では一次産業を支える人の多くが高齢だ。ICT機器を導入することに、難しいと構えてしまうようなことはないのだろうか。
戸上さんによると、機器を導入する農家には若い後継者もいるがやはり高齢である場合は多く、操作する際に無関係なボタンを押すなどの誤操作で動かなくなるようなこともあるという。しかし「人がどんどん少なくなってきているなか、IoTとかITの活用というのはこれからも必須になってくると思います。それを皆さんに、ITだなんだって意識しないで使えるようにするのが私の仕事かなと。いかに使いやすく構築するのかが課題だと思います」
地域の現状をとらえ、実際に使う人にも気を配りながら、ICT活用のすそ野を少しずつ広げている。
※地域おこし協力隊退任後しばらくは個人事業主として一次産業へのICT活用に取り組んでいた戸上さん。翌年には事業を法人化するため「シブシス合同会社」を設立。教育委員会からの委託を受け、前述の通りGIGAスクールサポーターとして伊﨑田小学校での活動も始めます。後編では小学校でおこなっている課外授業や、志布志での暮らしについて紹介します。