【後編】自分の暮らしは自分でつくる 伊佐の魅力に火を灯す日々

更新日:

プロローグ

鹿児島県本土最北端に位置し、冬の寒さから「鹿児島の北海道」とも呼ばれる伊佐市。今回の主人公、林竣平さんが手がける「その火暮らし」の宿は、広々とした水田を見渡す小高い場所にある。伊佐市の地域おこし協力隊一期生としての活動を経て地域に新たな火を灯そうと奮闘する林さん。これからの展望など話をうかがった。

インタビュー:泊亜希子 撮影:高比良有城 取材:2023 年

意気込んだ矢先のコロナ禍

伊佐の自然と食の魅力をたっぷり詰め込んだイベント「サウナーワンダーランド」は大成功。この成果をもとに挑戦したビジネスプランコンテストでは大賞を受賞と、とんとん拍子に来ていた林さん。薪のチカラで地域を熱くし、伊佐の不便を楽しむための拠点づくりに着手する。

不動産屋で売れ残っていたという物件を訪ねてみると、荷物はそのまま、室内をコウモリが飛び回り、雨漏りだらけ…。使えるまでには相当の手をかけなければいけない年季の入った古民家ではあったが、「昔はここで、書道教室を開いていたと聞いて。人が集まる場所だったのもいい」と、契約に至った。

引っ越した当初の古民家の様子

さあ、ここからと思った矢先、コロナ禍が立ちふさがった。やる気と準備は整ったのに、動けない。「さすがに病みそうでした」と、当時を振り返る林さん。地元の飲食店は閑散としている。人吉では大きな水害も起きた。飲食店のテイクアウト情報をウェブサイトにまとめたり、契約した物件を片付けたり。できることをやってはいたが、先の見えない日々が続いた。「協力隊の終了後はどうする?拠点づくりもこの状況では思うように進まない」。とても困難な時期でした、と当時の率直な思いを口にした。

いろんな人の手が加わっている

2021年6月に地域おこし協力隊の任期を終了。宿の状態はまだまだ完成には程遠かったため、いろんな仕事をして食いつなぎながら手をかけて、2022年10月にプレオープンの日を迎えた。「周りにたくさん宣言することで自分にプレッシャーをかけて、なんとかここまでこぎつけることができました。」と林さん。

宿には多くの人の手を借りた。暖簾は草木染めをやる友人にお願いし、器は土器をつくる人と、この土地の土で一から作りあげた。囲炉裏は漆塗りをやっている人に仕上げてもらった。手づくりの温もり、木が醸し出す安らぎ。そして宿の主である、かまどと薪ストーブの存在感。

宿のプレオープンを知り、今までに出会った人がお祝いに来てくれた。旅行客も含め、宿泊者は10月からの3か月で100人ほどを数えた。「プレオープン価格で提供しながら、反応を探るつもりでしたが、思っていた以上にたくさんの人に宿泊して頂きました」。

土地のものを活用して地域の方々と一緒に作り上げてきた「その火暮らし」(写真提供:林さん)

林さんが営む宿「その火暮らし」の魅力は、火によって輝きを増す。「火で仕上げる料理をお客さんと一緒につくります。焚き火でベーコンをつくったり、パンを焼いたり」。焚き火や囲炉裏のそばで、時にお酒を飲み、語らう。お客さんとの距離を保ちつつ、いい関係を築いてきた。

「宿をつくりながら、運営している感じです。来るたびにちょっとずつ良くなって、変わっていく宿。4度も訪れてくれた人もいます」。外国からのゲストも受け入れたいですね、と展望を抱く。林さんの情熱に終わりはない。

林さんが運営する宿「その火暮らし」で提供される「焚き火ベーコン」(写真提供:林さん)

田舎暮らしは思ったよりも忙しい

ここを拠点に、通り過ぎるだけでなく、泊まるだけでもなく。伊佐に滞在し、体験してもらうのが最大の目標だ。「とっておきの川に案内して遊んでもらう。ここを手掛けた、ものづくりの人たちを訪ねる。伊佐の人とつながってほしいなと思います」。協力隊活動の集大成ともなった宿。「なんとか形になって、ほっとしましたね。田舎暮らしって意外と忙しいんですよ!(笑)」。

宿の庭に積み上げられた薪が、時の集積を示している。「宿も充実させたい。要望の多いカフェも考えたい」けれど、と林さん。頑張りすぎて、宿やカフェをやめてしまったケースも見てきた。「人間らしい生活を送り、生きる力は確実に高まった。会社員時代は恵まれていたと改めて思うこともある。楽しい生き方をしていると思う一方、もがいている部分もあります」。

鹿児島の魅力は、つながっていけること

今回の取材を受けるにあたり、本サイトを見てくれていた林さん。「鹿児島の移住者の方とは今までにもたくさん知り合ってきましたが、知らない人たちがまだまだいっぱいいました。いろんな人がいて、いろんなケースがある。きっとみんな、そんなに遠くないところにいる人たちだから、これからきっと出会えるでしょうね」と、目を輝かせる。

「山と海との二拠点生活も面白そうですよね。そういうことができる環境が鹿児島にはある。交通の便も悪くないから、県内で山と海と両方楽しめる。船での移動も楽しい」。冒険の火が瞳に宿る。

「伊佐から人吉、出水、水俣、より広域でつながっていきたい。川内川流域の自治体でつながっていくのもいい。モンベルが開催するSEA TO SUMMITは、川内川でもできそう。川内川の河口から甑島まで、カヌーやSUPで挑戦するのもワクワクしますね」。壮大なアドベンチャーのように思えるが、実際に川内川137キロを(ワープしながら)川のぼりした林さんが言うと、現実味を帯びてくる。

「協力隊でなかったらつながれなかったかもと思う方もたくさんいます。やっぱり鹿児島は人との距離が近い。地域おこし協力隊、OBOG、移住者のネットワークも心強いですね。各地に、頑張っている人がいる」。

宿とともに、人生の第二章へ

宿の庭には、青い柚子が鈴なりに実をつけている。「梅、柿、柚子、栗、スダチ、かぼす、いちじく、ブルーベリー。楽しいですよ」。林さんも野菜づくりに挑戦し、今までに50種類くらいの作物を育てたそうだ。「ただ、やることが多すぎて(笑)見かねた横のおじちゃんが『野菜はつくらんでいい、うちの畑から取っていいから』と言ってくれて。最近はお言葉に甘えています」。

今は草刈り、椎茸の菌打ち、ハーブに果物の栽培。「ブルーベリーから酵母を起こしてパンをつくったり、伊佐米の米粉を活用してメニューを考えたり。いろいろとやりたいですね。今後は庭に露天風呂やサウナ小屋をつくります。庭の蔵も整備したい」と、宿のアップデートにも抜かりはない。

「生きるのに必死で、あまり何かを考えることなく目の前の仕事に没頭してきた」と語る林さん。成功もあれば、失敗もあった。ひとりだったら気が楽だったが、今は家族のこともある。この1、2年はいろんな葛藤もあるだろう。今まで経験したことがない人生のステージで、これからどんなことが待ち受けているのか。自分の好きなことばかりやって生きていくわけにもいかない。葛藤しながら、楽しみながら、取り組んでいく。

行きたいなと思ったら、パスポートを手に出かけていた。何も考えずに行動していた、若さがあったと懐かしそうに振り返る林さん。「将来的には海外への移住もあるかもしれない。子どもの成長、タイミングを見て動ける時には動きたいです」と、表情を引き締めた。

冒険心を持ちつつ、日々の暮らしを軌道に乗せて、生業として確立すること。これからの「その火暮らし」は、どんな物語になるのだろう。林さんの第二章は、まだ始まったばかりだ。

林さんのかごしま暮らしメモ

かごしま暮らし歴は?

5年

Iターンした年齢は?

31歳

Iターンの決め手は?

生まれ育った九州を軸に移住先を検討するなかで、伊佐市が地域おこし協力隊の第一期生を募集しているのを見つけた。実際に訪ねると、担当の方が熱心に案内してくれた。地域の面白い方々を紹介してもらい話をしているうち、この町の方々との楽しい日々が想像できたのが決め手です。

鹿児島の好きなところ

月並みですが食べ物。食材がどれもおいしい、味付けが口に合う。温泉も安くて種類が豊富、温泉好き・サウナ好きにはたまらない。生活に根付いているところも魅力。海があり離島も多い。ひとつの県なのにバラエティに富んでいる。桜島や明治維新など、風土と歴史にも惹かれます。

かごしま暮らしを考える同世代へひとこと!

鹿児島はどの地域にも面白い人がいて、そういう人たちとつながりやすい規模感。自分のやりたいことを求めて面白そうな場所に飛び込んだら芋づる式に人とつながっていけると思います。個人的な話ですが、私自身は子どもを持ったばかり。今後、長期的な視点で子育てを考えた時に、住む場所を改めて考えることはあるかもしれません。

関連リンク

WEB:伊佐市の情報を発信しているウェブサイト「イサタン」
WEB:林さんが運営する宿「その火暮らし」
Instagram:林さんが運営する宿「その火暮らし」

-伊佐市に住む林峻平さん, 移住者インタビュー動画, 北薩, 動画アーカイブ, 移住者インタビュー
-, , , , , ,