日置市に住む田渕一将さん・尚子さん

「鹿児島は自分たちに“ちょうどいい”まち」(後編)

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プロローグ

鹿児島へ移り住むことを決意した建築士の田渕一将さんと、妻でキャンドルアーティストの尚子さん。お互いの仕事のしやすさを考慮しながらの住居探しから始まったかごしま暮らしは、大阪でつながっていた鹿児島出身の知人を通じて人の縁も広がっていく。

インタビュー:奥脇真由美 撮影:高比良有城 取材日:2021年8月

キャンドル教室ができる物件を探して

移住後の住まいは、一将さんの建築士という仕事柄、フットワーク良く動ける場所であることを重視して鹿児島市内で探した。一方で尚子さんはキャンドル教室をやることが前提。実際のキャンドル教室はIHヒーターでロウを溶かす程度の火気の取り扱いだが、「キャンドル」はどうしても火のイメージが強く、多くの物件が入居NGだったという。最終的に絞られたのは3物件。移住前から新しい場所での教室受講者が決まっていて県外からの来訪だったことから、鹿児島中央駅からバスでアクセスしやすい団地にあるマンションの物件に決めた。
それは鹿児島市内の高台にある団地。気持ちよく空が仰げ、向かいに広がる住宅街を広く望める場所だった。

「見晴らしが良くて、そこから見える景色もめちゃくちゃ好きでしたね」(尚子さん)

マンションの一室だったその場所は、2年近くたつと物量も増えて広さが足りなく感じられるようになり、新たに探して見つけたのが日置市にある現在の場所。店舗付住宅の賃貸物件を探すと何件か見つかったが、ここは1階が店舗で2階が住宅という構造が尚子さんの理想にはまり、1回の内見で決めたのだそう。

現在のアトリエで、キャンドル制作に取り組む尚子さん

現在のアトリエで、キャンドル制作に取り組む尚子さん

溶かしたロウに色を付けていく

溶かしたロウに色を付けていく

縁が縁をつないでいく

鹿児島市内に移住してまだ2か月も経たない頃、田渕さん夫婦は薩摩半島北部の阿久根市にあるイワシビルを訪れた。リノベーションされた古ビルにカフェやショップ、ホステル、特産品加工場などが入っている北薩の旅の拠点的なスポットだ。田渕さん夫婦とは反対に鹿児島から大阪に移住した彫金作家の知人がこの場所でワークショップをすることを知り、会いに行ったのだ。
ワークショップ参加後に開かれた交流会のなかで、尚子さんは南九州のショップを会場に様々なクリエイターが作品を発表するデザインとクラフトのイベント『ash Design&Craft』に強く興味を抱く。もともと知っているイベントだったが、このときに自分も出展しようと決めた。

尚子さんの出展会場は鹿児島市の中心地・天文館にある商業施設マルヤガーデンズ。このイベント参加で、鹿児島県内で活動するいろんな作家やショップ経営者とつながる。また、マルヤガーデンズでその後開催されたイベント『キャンドルナイト』を手掛けるにも至り、同施設でワークショップも開くなど、活動の幅が広がっていった。さらに、尚子さんが関わるイベントやワークショップへ参加した人がアトリエでのキャンドル教室に来てくれるなど、鹿児島でのつながりは少しずつ増えていった。

一方、イワシビルを訪れた際、一将さんの方にも出会いがあった。

マルヤガーデンズでのキャンドルナイトの様子

地域活性化に一役

日置市の北部にある湯之元温泉郷。ここは島津の殿様も代々訪れたと言われる由緒ある温泉郷だ。過疎高齢化で活気が薄れかけていたそのまちの一角に、ここが母親の出身地で3年前から同地域に移住している小平勘太さんが発起人となり、ハマオカポケットパークという小さな芝生の公園ができた。そこに今年の7月、テイクアウト専門のシェアカフェ『ハマポケカフェ』がオープン。一将さんはその設計を手掛けた。

きっかけとなったのが、イワシビルでの味園将矢さんとの出会い。味園さんは日置市を拠点に夫婦で37design(サンナナデザイン)という建築デザインと施工の会社を経営。新築住宅や店舗に限らず土地や建物を地域の未来にとって良いかたちで活かすためのリノベーションや、土地・建物活用の企画やマッチングに尽力している。

「同じ世代で、鹿児島の建築に対して同じような問題意識を持っていらっしゃって。そこから意気投合して、一緒に仕事をやるようになりました」

そんな味園さんから声がかかり、一将さんと味園さんの設計チーム『くらしとエネルギー社』が設計を、味園さんの『37design』が施工を手掛けたハマポケカフェには現在日替わりでカフェや総菜屋など様々な店が出店。新しい人の流れと活気を生んでいる。

日置市湯之元温泉郷の一角にできたハマポケカフェ

日置市湯之元温泉郷の一角にできたハマポケカフェ

鹿児島で育まれたもの、育んでいきたいもの

鹿児島の風土は、尚子さんの作品にも影響を与えたという。

「鹿児島に来て、桜島の灰を使うようになりました。もともとグレーとか黒を使うことが多かったんですが、桜島の灰の色は、黒でもなくグレーでもなく、グレーに茶色と白を混ぜた色。それがドンピシャで好きな色だったんです」

尚子さんが最近手掛けたユニークな作品に、まるで軽石そのもののようなキャンドルがある。シリコンで型を取り、幾種類ものロウを使って制作するのだが、それに桜島の灰を混ぜてより軽石らしい質感を表現しているのだそうだ。

日置市に住む田渕一将さん・尚子さん

そんな尚子さんがキャンドルを通して伝えたいことは、暮らしのなかにもっと気軽にキャンドルを取り入れてほしいということ。

「ヨーロッパに研修旅行に行ったとき感じたのが、ヨーロッパではキャンドルが暮らしのなかに溶け込んでいるということ。お世話になったある家庭のお母さんが、食事のとき当たり前のようにテーブルにキャンドルを置いたりしていた。日本では取り入れにくい文化かもしれないですが、昔はそれこそ日本でもロウソクが当たり前のように使われていたわけです。それは照明代わりとして使われていて、煌々と照らす蛍光色より安らぐことができる。行事や記念日といった特別な日だけじゃなくても火を灯す、ゆったりとした時間を過ごしてほしいです」

また、現代の子どもたちが昔に比べて火そのものを見たり扱ったりする機会が減っていることも懸念する。

「今、おうちで火を使わない家庭が多くて、イベントでもお子さんが危ないものと分からずキャンドルの火を触りに来てしまったり、やけどするものであることすら知らなかったりする。そんな今の子どもたちに、火の危うさや安全な扱い方を、キャンドルを通して伝えたいという想いもあります。それを知ったうえで、暮らしのなかに取り込んでほしいですね」

日置市に住む田渕一将さん・尚子さん

建築士の一将さんと、キャンドルアーティストの尚子さん。職種は全く違うが、それぞれに向かうものが「暮らし」に関わっているせいか、互いの活動が互いにプラスに働くことも少なくないようだ。

「妻がイベントをやっているところへ行くと自分自身に新しい出会いがあったり、逆に妻が僕の関わっている場所に来ると、妻にとっての新しい出会いがあったりする。一見別なことをやっているけれど、お互い良い方向に働く部分はあるかなと思います」

インタビュー内で登場した場所は県本土の東西南北に及ぶ

一将さんが独立し立ち上げた『おりなす設計室』の『おりなす』には、建築が、設計者や現場監督、様々な分野の職人などたくさんの人が関わって成り立つものであることから「多くの人たちとともに織り成してよりよいものを作っていく」という想いが込められているそうだ。
田渕さん夫婦のかごしま暮らしもまた、ご夫婦が互いに生み出す出会いと、そこから生まれる縁が織り成して新しい広がりを見せているように感じられる。

日置市の江口浜にて

田渕さんのかごしま暮らしメモ

かごしま暮らし歴は?

2年

J・Iターンした年齢は?

32歳

J・Iターンの決め手は?

一将さん/鹿児島の「ちょうどよさ」を見つけた
尚子さん/鹿児島の風景に惹かれた

鹿児島の好きなところ

一将さん/自分が知っているほかの地域と比べても、思った以上に人と人のつながりが強く大事にするところ。自分のつながっている人を守ろうとする優しさ。海も山も近いところ(意外と珍しい環境かもしれない)
尚子さん/錦江町へ向かう時の海沿いの景色、こまもの屋沖玉さん(霧島市隼人町小浜にあるショップ。海まで11歩という自然豊かなロケーションや扱う商品のセレクトなどすべてがお気に入り)

かごしま暮らしを考える同世代へひとこと!

一将さん/悩んでいるんだったら一回やってみればいいじゃん!というのが自分のスタンス。ちょっとやそっとじゃ人は死んだりしないので。今はいろんなやり方・生き方があるので、一回(鹿児島に)来てみたらいいよ!と思います。自分の足が向いた時がタイミングだと思います
尚子さん/Iターンだと特に、最初は知り合いがいなくてしんどいときもあるかも。でも自分から交流できる場に出てみると、意外と同じように「移住してきて最初はしんどかった~」と気持ちを共有できる人に出会えたりします。ちょっとでも自分から出会いの場に出ていくことをおススメします

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