人の縁が広げた人生の選択肢(前編)

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【プロローグ】

家探し、仕事探し、新しい人間関係作り。観光ではなくその地に根を下ろす移住はまさに人生を変える大きなイベントだ。インターネットで「移住 失敗」と検索してみると、田舎の不便な暮らし、人間関係に馴染めず元の場所に戻るケースも見受けられる。移住先の選び方、準備、移住後の暮らし。思い通りに進まないことも多いはずだ。

今回話を聞いたのは、2016年に東京から鹿児島に移住し、現在は南九州市頴娃で暮らす葛岡克紀さん友味子さん夫妻。二人の移住エピソードは「失敗しない移住」のひとつのヒントになるかもしれない。

東京では地方自治体の移住窓口やイベントが活況で、「移住ブーム」も叫ばれるようになって久しい。

都会に暮らす人々の心を地方移住にかきたてるのはなぜなのか。各自治体がそれぞれの魅力、優遇制度などを伝えて移住者の誘致に躍起になる中で、葛岡さん夫妻が移住の地を鹿児島に決めたきっかけは何だったのか。東京での暮らしから移住に至るまでの経緯を聞いた。

インタビュー:里山 真紀 撮影:高比良 有城 コラム:中園信吾

2018年8月取材

「何のために暮らすのか」悩み、移住を決意。

葛岡さん夫妻は克紀さんが大阪で働いているころに出会い結婚。そこから東京への転勤を経て、共働きで都会らしいハードな暮らしを送っていた。長い通勤時間、帰宅時間も遅くなりがちで、「何のために暮らしているのか」「このまま老後を迎えていいのか」と移住を考えるようになる。

葛岡さん自身「移住は老後にするもの」と思っていたが、「夫婦の将来を真剣に考えていると現役世代のうちに移住し、働きながら人との出会いを広げていったほうがよりよい暮らしができるのでは」と感じていた。

 

旅行で感じた鹿児島の良さ。そして移住

地方への移住を考え始め、行先を選んでいたところ候補に上がってきたのが、2015年5月に旅行で訪れた鹿児島。旅先でも「老後はこういうところがいいんじゃない」と語り合っていた。友味子さんは「移住しようと思って見に行くと、細かいところが気になってしまい、いいところが見えなかったかもしれない」と振り返る。

また、鹿児島市内は意外と栄えているという印象も持ち、「田舎のようなところにいきなり行くのは難しそうだが、都市部であればいいのでは」と鹿児島市への移住に向けて動き始めた。

東京有楽町のふるさと回帰支援センターへ足を運び、鹿児島県の担当者に相談したり、移住関連イベントに参加するなどの情報収集、実際に足を運んでの住まい探し、行政や民間の求人情報サイトへ登録して職探し。鹿児島で暮らす準備を進めた。

「人とのつながりや求人情報、家さがしなどはネットには掲載されていないことが多い。ネットでは手に入らいない情報を手に入れることが大事。鹿児島では◯◯さんの紹介でというと話がスムーズに進むことも多いので、移住前から現地に相談できる人を持っていたほうがいい」と克紀さんは語る。

 

新天地鹿児島での新しい出会い

引越し先も見つかったが、「ふたり一気に無職になるのは怖い」とまずは克紀さんが東京での仕事にピリオド。2016年年明け早々、鹿児島市宇宿に生活の拠点を移し、南九州市知覧に職を得た。それからすぐに友味子さんも後を追い、夫婦揃ってのかごしま暮らしが始まった。「こういうところがいいんじゃない」と将来へ思いを馳せた鹿児島旅行から1年足らずの出来事である。

移住後は、それぞれ会社に勤め、休みの日は鹿児島市外へも足を伸ばして自然や温泉を楽しむ日々。そのような暮らしの中での新しい出会いが、ふたりの生活をさらに変えていった。

 

東京から鹿児島市へ移住した葛岡夫妻。<後編>ではそこからさらに居を移して新たな暮らしを始め、「まちおこし」に力を注ぐようにになった様子を紹介します。

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