「幼少期の思い出の場所に、家族と共に新しい暮らしを作っていく」(後編)

「幼少期の思い出の場所に、家族と共に新しい暮らしを作っていく」(後編)

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プロローグ

指宿市開聞川尻で有機野菜の生産・販売を行う「ユーファーム株式会社」と、開聞岳と東シナ海が一望できる一棟貸しの宿「木の匙」を経営している浦野敦さん、良美さん夫婦。前編ではそれぞれの幼少期のエピソードや、東京から鹿児島への移住を決めたきっかけについてお話を伺いました。後編は30代後半で新規就農者として移住した当時の様子や、移住前後のギャップについて。さらに息子の太一くんを育てる中で感じる、田舎での子育てについても教えていただきます。

インタビュー:福島花咲里 撮影:高比良有城 取材日:2021年

移住1年目は、新規就農者としての基礎づくり

5年前の2016年4月に新規就農を目指して、東京から移住した浦野敦さん、良美さん夫婦。新しい生活に対する不安や心配はそれほど大きくなかったというお二人は、一体どんな道を歩んできたのだろうか。

「幼少期の思い出の場所に、家族と共に新しい暮らしを作っていく」(後編)

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元々サラリーマンだった敦さん。まずは農業について基本的なことを学ぶため、かごしま有機生産組合が開催する1年間の農業研修に参加した。
「鹿児島市喜入にある観光農業公園グリーンファームに畑があって、そこで農業の基本的なことを教えてもらいました」

同時期、良美さんも研修に参加するものの、夫婦2人で同じことをしていてもしょうがないということで2ヶ月ほどで終了。
その後は研修場所のグリーンファーム内にある直売所で、1年間アルバイトを経験。その傍ら、敦さんの祖父の畑で好きな作物を育てて、実践的に農業を学んでいった。そうして移住2年目に入り、有機農家として独立。

「幼少期の思い出の場所に、家族と共に新しい暮らしを作っていく」(後編)
夫婦共に食べることが好きだったため「できるんであれば有機農業に挑戦しよう」と一般的な農業ではなく、作物本来の魅力を味わうことができ、尚且つ、自分達自身が思いを持って楽しく育てられる有機栽培を選んだ。
地道に農業と向き合う中で、2018年に有機JAS認証を取得。翌年の2019年にユーファーム株式会社を設立した。

幼少期の思い出の場所に、一棟貸しの宿を作る

有機農家として作物の生産に取り組む日々の中で、ある日、転機が訪れる。敦さんの心象風景の1つである、小学生時代に過ごした祖父の家から海へと続く道。その道沿いの土地が、売りに出ているのを発見したのだ。
「僕にとってすごく良い思い出として残っている場所だったので、勢いで買ってしまいました」
これが後に一棟貸しの宿となる「木の匙」の始まりである。

「幼少期の思い出の場所に、家族と共に新しい暮らしを作っていく」(後編)

土地といっても、その姿は木と草が生い茂る斜面で、宿づくりは重機で土地を整地するところから。その後、地盤改良工事を行い、斜面に芝を張ることで土砂が崩れないように工夫した。
建物のデザインや内装は、移住後に友人となった近くに暮らす設計士の方に依頼し、施工も地元の友人にお願いした。「匙」の部分が開聞岳を表しているロゴデザインは、良美さんが原案を考え、こちらも友人のデザイナーに整えてもらった。

「幼少期の思い出の場所に、家族と共に新しい暮らしを作っていく」(後編)

移住後に出会った友人達と力を合わせて、一から作った「木の匙」は、2020年8月に無事オープン。コロナ禍でのスタートとなり、現在は県内や九州圏内から訪れる宿泊者が多いものの、敦さんは「いずれは関西圏や首都圏からも来てもらえたら嬉しいです」と話す。

「幼少期の思い出の場所に、家族と共に新しい暮らしを作っていく」(後編)

宿のコンセプトは、家族や友達とゆっくり過ごしてもらうこと。「2階にある備え付けのキッチンでワイワイ料理を作りながら、缶ビールでもプシュっと開けて、開聞岳や海を眺めてリラックスしてもらいたい」建物には浦野さん夫婦のそんな願いが込められている。

東京には東京の良さがあり、田舎には田舎の良さがある

移住して3年目には、第一子となる息子の太一くんも生まれた。普段は自宅近くの保育園に通い、休みの日には海や山で遊んだり、室内でブロックのおもちゃに夢中になったりと、夫婦同様に開聞川尻での暮らしを楽しんでいるようだ。

「幼少期の思い出の場所に、家族と共に新しい暮らしを作っていく」(後編)

浦野さん夫婦のように「田舎で子育てをしたい」と考える親は少なくない。しかし都会と田舎では、子どもが取得できる情報量や種類に差がある。インターネットが発達しているとはいえ、その差は必ずしも埋まっているとはいえないだろう。

幼少期から音楽に触れ、セミプロとして合唱団に所属していた経験もある良美さんに、都会に戻りたいと思うことはありますか?と尋ねると「戻りたくはある。やっぱり楽しかったんですよ」と正直な答えが返ってきた。
「飲みに行ったり、友達に会えたりするのがとっても楽しかったなって。とはいえ今と比べると不健康ではあるので、戻っちゃいけないとは思うんだけど、年に何回かは都会にいた頃のように楽しみたいなって思っているところはあります」

子育てについても思うところはあるようで、「本当はオペラを見に行ったりもしたいですけど、今は全くできないです。いつかこの子が大きくなった時に行きたいと言えば、一緒に行きたいですね。例えば、ヴァイオリンだったりとかちょっと珍しい楽器もここにいたら聞かせてあげられないから、そういう意味では、東京の良さっていうのもあるとは思う」と率直な思いを話してくれた。

しかし東京か開聞川尻か、どちらで子育てをするか選ぶとしたら?と尋ねると「絶対に鹿児島を選びます」という返答だった。
「あのまま東京で暮らしていたら、マンション暮らしになっていたと思うし、そのまま住んでいれば、絶対に壁や床をドンドンする。そういう当たり前のことに対してやめなさいとか、うるさいって言わなくて済むのは本当に楽ですね。多分都会で子育てをしていたら、みんなが嫌な気持ちになっていた。息子も嫌な気持ちになっていると思うし、私も近隣から苦情が来るのも嫌だし」

東京には東京の良さがあるように、田舎には田舎の良さがある。どちらにも良さがあるからこそ、都会と田舎を柔軟に行き来できるような態勢作りや、そんな余裕のある心持ちでいることが大切なようだ。

「幼少期の思い出の場所に、家族と共に新しい暮らしを作っていく」(後編)

有機農業と宿経営の2本柱で、開聞川尻での暮らしを作っていく

最後に夫婦それぞれに今後の展望について、お話を伺った。
まずは敦さん「農業の方は多分現状維持なのかな。畑の面積はちょこっとは増やしても良いかなと思うんですけど、2倍にするとかは考えてないですね。それよりは宿の方を充実させたい。有機農家が経営する宿としてやっているんですけど、まだうまく周知できていない気がしていて。お客さんのニーズと僕らの強みをうまく繋げていけたらと考えています」
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一方、良美さん「せっかく木の匙が建ったので何かイベントをやりたいですね。2人とも落語が好きで以前はよく聞きに行ってたので、ここで小さく寄席とかができたらいいな。後はもうちょっと農業が上手になりたい。畑の仕立て方とか支柱の立て方とかをもっと綺麗にできるようになりたいです。昔に比べれば作業スピードだったりがものすごく早くなってはいるけれど、上手な人にはまだまだ追いつかないので。もうちょっと手際よくできるようになると、作業もすごく楽になると思うんですよね」

2人から3人になり、これからも続いていく鹿児島での暮らし。自然を相手に仕事をする日々は、思うようにいかないことも少なくない。
それでも移住したからこそ出会った友人達や地域の人々と力を合わせながら、そして家族みんなで手を取り合いながら、浦野さん夫婦は今日も、開聞川尻での暮らしを楽しんでいる。

「幼少期の思い出の場所に、家族と共に新しい暮らしを作っていく」(後編)

浦野さんのかごしま暮らしメモ

かごしま暮らし歴は?

6年

J・Iターンした年齢は?

敦さん:39歳、良美さん:38歳

J・Iターンの決め手は?

敦さん:年齢も40歳手前になり、サラリーマンではなく自分で仕事を作りたいと思い、思い切って母の故郷の開聞川尻に来ました。
良美さん:主人が辛そうに仕事をしていたから。場所を変えて楽しく過ごせるなら良いなと思いました。自分自身もステージを変えてみたかった。

鹿児島の好きなところ

敦さん:一般的に鹿児島の山といえば桜島ですが、私の場合は開聞岳と美しい海が好きです。そしてそこから採れる新鮮で美味しい食材。芋焼酎も大好きです。
良美さん:美しい景色。綺麗な海にすぐに行けて、遊べるところ。お魚の美味しさ。

かごしま暮らしを考える同世代へひとこと!

敦さん:いろいろと考え悩まれると思いますが、思い切って飛び込んでしまうことが大事だと思います。あとはどうにかなる(笑)。この指宿市開聞川尻も移住先の候補として考えて頂ける方がいるとすれば、本当に嬉しいです。

良美さん:移住してから会えなくなったけれど、東京の友人と疎遠になるどころか、より近くなったように感じています。そして移住して、鹿児島で出会った友人がいなければ、農業も宿も出来なかったと思います。新しく人と出会えるのは楽しいです。
移住して、楽しいか楽しくないかは行ってみないと分からないですが、楽しくなければまた移動してみるのも良いと思います。必ず新しいドラマが待っていると思います。

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