プロローグ
インタビュー:立花実咲 撮影:高比良有城 取材日:2023年
顔の見える関係性ができた
上門さんのグローブ職人を志すきっかけは、とある展示会だった。「もともと高校まで野球をやっていて。現役を引退した後、建築の専門学校に進学しました。でもやっぱり野球に関わることがやりたいと思って、スポーツ用品店で2年くらい働いていたんですが、たまたまグローブの展示会を見に行く機会があって。『既製品を買うだけでなく、手作りするという方法もあるんだ』と気づいて、自分でも作ってみたいと思うようになりました」
その後、グローブ作りを学べる場所をねばり強く探し、奈良県の工房へ就職。約5年間、現場の先輩たちの背中を見ながら修行を積んだ。
野球やソフトボールに関する道具はいくつもある。その中で上門さんがグローブに特に惹かれる点、それは「グローブが持つ独特の個性」だ。糸の縫い方や革の質感、紐の通し方でまったく違うものができるため、一つとして同じものはない。福岡に住んでいるときは、同じグローブを製造・販売するに留まっていた。
しかし、大崎町では個人のニーズに合わせたグローブ作りができる。さらに作り手と使い手の顔の見える関係性が、グローブを大事にする気持ちにもつながっているのかもしれない。実際、新品のフルオーダーメイドのグローブを頼みに来るお客さんはもちろん、既製品の修正やアフターフォローをお願いに来るお客さんも多い。
「大崎町に店を構えてからは、お客さんがいろんなことを求めてくれるから、やりがいを感じる機会が増えました。鹿児島県内ではフルオーダーメイドでグローブを作っている個人の職人は、僕を含め、片手で数えられるくらいしかいません。口コミを通じて、わざわざうちを目指して来てくれるお客さんがほとんどなので、できる限り要望に応えたいですね」
地域の方々に住みやすくしてもらった
地縁がまったくない奈良県で暮らしていた経験も手伝って、大崎町へ引っ越すことについては、特に不安はなかった。さらに「大崎町で独立して店をやらないか」と声をかけてくれた町内の方をはじめ、地域の方々のあたたかさに助けられたという。
「僕が何かしたとか、積極的に関わらなくちゃと思って動いたということは、本当になくて。逆に町内の人たちから挨拶してくれたり気にかけてくれたり。周りの方々に住みやすくしてもらったという感じなんです。いま住んでいる家の大家さんにも、とても良くしていただいて。大崎町はごみの分別が細かいことで有名ですが、それも町内の方にていねいに教えていただいたので、すぐ慣れました」
茉土香さんも、旅行の添乗員というキャリアから、新しい地域での暮らしにも前向きだった。唯一心配だったのが、子どもたち。保育園に馴染めるか不安だったが、とりこし苦労だったようだ。
「子どもたちも、あっという間に進んで保育園に行くようになりました。引っ越す前、園を下見に行ったときは知らない子から『抱っこして』って言われたときはおどろきましたね(笑)。登下校の中学生も、自分を見かけたら挨拶してくれます。福岡に住んでいたときは、大人はもちろん子どもから挨拶されることなんてなかったですし、ご近所付き合いもほぼないに等しかったんです。大崎町は、人同士、特に大人と子どもとの距離が近いのかなと思います」
ときには玄関先に、見たことがないくらい大きな玉ねぎやキャベツが置いてあることも。「近所の方からいただけるんです。誰が置いていったのか名前はないけど、なんとなくあの人かなと顔が浮かんで、会った時にお礼を伝えました」と顔をほころばせる上門さん。地域への素直な姿勢と職人技への信頼が、地元の方々に受け入れられる秘訣かもしれない。
大崎町での顔の見える関係は、上門さんの仕事だけでなく家族の暮らしにも心地よさをもたらしている。
是枝さんのかごしま暮らしメモ
かごしま暮らし歴は?
2年
Iターンした年齢は?
37歳
Iターンの決め手は?
大崎町在住の方からオーダーメイドのグローブの注文を受けたことをきっかけに「大崎町で独立しないか」と声をかけてくれたこと
鹿児島の好きなところ
幅広い世代でソフトボールや野球のチームがあり、自分も参加したり試合をすぐ見に行けたりするところ
かごしま暮らしを考える同世代へひとこと!
一人だったらこんなにお客さんが来てくれることはなかったと思います。地域の人たちのつながりによって店も暮らしも助けてもらいました。個人的には、都心部で生活するより断然暮らしやすいです。何も心配せず来てほしいですね。