宝島の自然に惹かれ、移住を決意。牛と山羊と暮らす日々(後編)

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プロローグ

鹿児島県十島村。屋久島と奄美大島の間に点々と連なる島々を、ひとつの行政区として扱う十島村。有人7島・無人5島からなる島々はトカラ列島と呼ばれ、南北約160kmの海域に浮かぶ「日本一長い村」でもある。今回の舞台、宝島はトカラ列島有人島の最南端。畜産業に携わる衣笠葉子さんは「ここに住みたい!」という強い気持ちに突き動かされ、宝島への移住を決めた。これまでの日々を振り返り、一番の驚きだったこと、移住を考えている人へのメッセージなど伺った。

インタビュー:泊亜希子 撮影:高比良有城 取材日:2023年

どっしりと道に座る放牧牛

島暮らしの適度な距離感

衣笠さんが宝島に住み始めて7年が過ぎた。「住んでいる方々も個性的で面白いですよ。今は少し人口が増えてきて、(十島村有人7島の中では)中之島の次くらい」と話すように、宝島には68世帯123人が暮らしている(2022年12月31日時点)。経験を重ね、自分の心境も変化してきた。「20歳の自分ならありえない、と思ったでしょうね、私生活に干渉されるなんて」と笑う。

「30歳くらいまで東京で生活していて、引っ越しの挨拶を隣人にしようと思っても、出てきてくれない。隣同士で生活しているから、物音がして、そこにいるのはわかっていても、言葉を交わすことはないんですよね。今の時代なので、状況は理解するけれど、隣の人でさえこうなんだ、ここまで孤立するの?知り合いじゃないけど、そこまでぎすぎすしなくてもいいのでは、という思いはありました。ここでは、だいたい顔見知りです。血はつながっていないけど、みんなが遠い親戚のような感じ。それを煩わしいとは思わなくなりました。今は適度な距離感を持ちながら、お付き合いできていると思います」。

不安や心配はなかったかとたずねると、「島に来てからはないですね」ときっぱり。「移住直前にはありましたね。友だちとお別れしてきたので、簡単には会えなくなるという、その寂しさはありましたが、不安はなかったかな。楽しさ、期待の方が大きかったです」。

姉の淳子さんも島にやってきた

無我夢中で畜産に取り組んできた衣笠さん。ある時、姉の淳子さんが島に遊びに来た。「最初は5年前くらい。姉が長い休みが取れたからと遊びに来て。来たら気に入ったようで、滞在期間を延長して、帰ったらまた来て、というのを数回繰り返したんですね。これはもしかして?と思っていたら、結局、姉も移住してきました(笑)。びっくりしましたよ、そんなことになるとはまったく思っていなかったので」。

もともと、南国、夏、海、島が好きだったお姉さん。島に遊びに来てはバイクを借りて走り回り、真っ黒に日焼けしていたという。「島民より真っ黒になるくらいでしたよ」と笑う葉子さん。淳子さんは地域おこし協力隊として移住し、観光の仕事でガイドをしたり、島の観光情報サイトの作成に携わった。地域おこし協力隊の任期が終わるころ、ちょうど売店の仕事に空きが出ることになり、現在、売店で島民や観光客を出迎えている。

お姉さんの働く売店

柔軟に「できたらいいな」くらいの気持ちで

葉子さんに加えて、お姉さんも引き寄せた宝島。島に惹かれて来る人も少なくないが、定住までにはそれなりのハードルがあるのも現実だ。移住を考える人へのアドバイスを聞いてみた。「たまに、一度も来ずに移住を決める人もいますが…やはり一度は来た方がいいです。来てみないとわからないことがありますから、受け入れるほうも、来るほうも。まずは来て、体験してほしい。数日滞在して雰囲気を知って、島の人と話しておく」。それから、と言葉を選びながら、衣笠さんは続けた。

「これがやりたい!と自分の夢を島に持ってきちゃうと、できなかった時のダメージが大きいです。前のめりに意気込むよりは、ここで何かできることはないかな?というくらいがいいのかなと感じます。島で求められていることと、自分のやりたいことがマッチングできるといいですよね」。移住から定住へとなるケースでは、柔軟に考えて、対応している例が多い様子だ。十島村のウェブサイトでは「移住・定住がしたい」人へ向けた情報提供を随時行っている。コロナ下に「オンライン移住相談」もスタートした。まずは情報収集から始め、自分の目で見て感触をつかむことを、同サイトでも勧めている。衣笠さんも「人は増えたほうがいいかな、やっぱり。いろいろとみんな助かります」と、島民の素直な心情を打ち明けた。

十島村ウェブサイト「移住のステップ」http://www.tokara.jp/tourism/step/

日々精進。目の前のことに一生懸命

自然の近くにいたいと、未知の場所だった宝島を選んだ衣笠さん。生活していくために、これもまた経験のない畜産業を選んだ。それはとても勇気が要ることのように思えるが「知らない世界、分からない世界だったから、飛び込めたんでしょう」。知識がないぶん、素直に入っていけた。焦ることもなかった。

今の生活が好きか?と問われると、即答は難しい。けれども「以前の仕事、環境に戻りたいか、と言われたら、嫌ですね」。島では自分で時間をやり繰りできる。もちろん、自分でコントロールできることばかりではない。その理不尽さえも、相手が自然や動物だと思うと納得できる。「牛の分娩が夜中に始まって、急に起こされる、寝不足になるということもあります。そういう時は、翌日の昼休みを長めにとって、昼寝をして。すべてが自然の中にあるという感じがします」。

島では住人が少ないから、一人ひとりの存在が大きい。「私が誰かと関わることは少なくても、頑張っている姿、いつも何かやっているな、というのを見てもらって、それが何かの役に立っていたらいいなと思います。これからの目標ですか。目標は、ないです(笑)。強いて言うなら、目の前のことを一生懸命できるようにする。日々精進、できるようになりたいです」、そう葉子さんはつぶやいた。

ご飯を食べる時は、ご飯に集中する。一生懸命遊ぶ、寝るならぐっすり眠る。「実際には食事しながらテレビを見たり、できていないことも多いですが。会社員の時よりは、できているかな」。以前の生活を振り返りながら話す衣笠さん。「会社員の生活をしていたら、ああ夕焼けがきれい、と思うこともなかなかなかった。今は、ああ夕焼けがきれい、と思わず立ち止まるような景色があるんです。空にグラデーションがあって、大きな虹がかかって。半円や、二重の虹を見ることもめずらしくない」。見惚れるような景色に包まれて、自然と自分の境界が溶けるような瞬間がある。「ここに住みたい」という思いに突き動かされ、行動に移した衣笠さん。「気持ちが先にあった。勢いがあったんでしょうね」。過去の自分を慈しむように、そっと笑みを浮かべた。

衣笠さんのかごしま暮らしメモ

かごしま暮らし歴は?

7年

Iターンした年齢は?

43歳

Iターン移住した理由は?

島暮らしに惹かれて情報を集め、宝島での農業ボランティアを体験。夏に再訪し、ここに住みたい!という気持ちが湧きあがり、移住を決めました。

宝島の好きなところ

雄大な自然が近くにあり、海も風も景色も独り占めできること。好きな動物に囲まれて暮らせること。住んでいる人も面白いです。

かごしま暮らしを考える同世代へひとこと!

まずは一度訪れて、移住を決める前に数日間は滞在することをお勧めします。雰囲気を知り、島の人たちと話してみること。そのうえで、自分のやりたいことを島に持ち込むのではなく、島で自分のできることを柔軟に考えて、焦らずに取り組むと上手くいくのではないかと思います。

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