宝島の自然に惹かれ、移住を決意。牛と山羊と暮らす日々(前編)

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プロローグ

鹿児島県十島村。屋久島と奄美大島の間に点々と連なる島々を、ひとつの行政区として扱う十島村。有人7島・無人5島からなる島々はトカラ列島と呼ばれ、南北約160kmの海域に浮かぶ「日本一長い村」でもある。今回の舞台、宝島はトカラ列島有人島の最南端。畜産業に携わる衣笠葉子(きぬがさようこ)さんは「ここに住みたい!」という強い気持ちに突き動かされ、宝島への移住を決めた。大好きな動物と雄大な自然に包まれて「なんといっても、この豊かな自然が魅力です」と話す衣笠さんに、移住までの経緯や現在の暮らしについて、お話いただいた。

インタビュー:泊亜希子 撮影:高比良有城 取材日:2023年

荒木崎灯台からの絶景

島に惹かれて、移住先を探した

衣笠さんは千葉県の出身。「そこも移住者が来るくらいの田舎なんですが、もっと田舎がいい、自然に近いところに行きたいと思っていました」。移住前、関東では事務の仕事に就いていた衣笠さん。一日のほとんどを建物の中で過ごし、暑いとクーラーをつける、寒いと暖房をつけるという生活。自然とは違う環境で暮らしていると感じながら、もっと自然に近いところで、自然を感じられる仕事に就きたいと思っていたという。ある時、衣笠さんはドルフィンスイム体験のため、伊豆諸島の御蔵島を訪れた。

「島の子どもたちが元気よく挨拶をしてくれて。なんて健やかなんだろう、島っていいところなのかもと感じたんですね。でも、実際はどうなんだろう?閉鎖的だったりするのかなと。島について知らないのでイメージが湧かない。それで、島の人たちと実際に会って話をしてみたいと思うようになりました」。そこで見つけたのが、あるNPOが募集する農業ボランティアの仕事。「数ある中から、全く知らなかった宝島を選びました」。

秋に島を訪れ、農作業を手伝った。農家の人たちもいい人で、島への思いはさらに高まった。ただ、その時は入居できる住宅がなく断念。他の島を探すことも考えたが、「夏は海がきれいだよ」という島の人たちの言葉が心に残っていたこともあり、翌年の夏、再び宝島を訪れる。トビウオ漁の手伝いをさせてもらい、海の近さに圧倒された。「ここがいいな、と帰る時に思いました」。ここに住みたい!という湧きあがる思いに押されるように、移住を決めた。

衣笠さんは生後4か月までの子牛を預かり、育てている

師匠との出会い

移住を決めた際には、島の人たちや役場の働きかけがあり、村営住宅を借りることができた。現在、畜産業に携わる衣笠さん。「畜産業組合の平田浩一さんがいなければ、無理でした。平田さんは私の師匠です。私が何も知らないのを受け入れて、全部教えてくれました。最初は風貌が怖くて(笑)。でも、私は本気でここに住みたいんだと伝えたら、親身になってアドバイスをくれました。見た目は怖いけど、温かい人なんだなと」。

最初の3年間は無我夢中。毎日が精一杯で、あっという間に過ぎていった。7年が経って「やっと慣れてきた、ようやく少し、余裕が出てきたところです」と振り返る。大変だが、やめようとは思わなかった。「続けてこられたのは、動物が好きだったのは大きいかな。毎日の餌やりなど、コツコツ仕事をするのが向いているのかもしれません。手芸など、ちまちまとした縫い物をするのも好きですね」。

朝6時に牛舎に行き、餌やり。その後、朝食を取りながら、その日一日の仕事についてミーティング。午前の仕事、餌やり。お昼を食べて少し休憩。午後の仕事をして、6時半くらいに終了し、帰宅する。衣笠さんの仕事は子牛の飼育だ。生まれてから8か月をむかえるまで牛を預かり、肥育農家へ売る。種付けから分娩、子牛という手のかかる時期を担当していて、現在は生後4か月までの子牛を衣笠さん、それ以降を平田さんと分担して世話をしているそうだ。

「やりがいは子牛の可愛さ、ですかね。無垢なところが可愛い。親牛にもいろんな性格の子がいて、面白いですよ。牛の元気な姿を見るのが楽しみ」と目を細める。子牛の世話に加えて、子ヤギのポノちゃんも飼っている。「牛舎の周りの草を食べてくれますよ。小さい時は本当に可愛い。いっぱい写真を撮っています。今しかないから」。ポノちゃんの話になると、一段と声が弾む葉子さん。

「もともと犬が好きで、小さい時から家の近所にいたら触りにいったり、自分の家でも飼っていたり。大人になってからも飼いたい思いはずっとあったんですが、東京暮らしでは、なかなか難しかったので」。牛舎の周りで草を食べるポノちゃんを見ながら、やりたかったことができている幸せをかみしめる。

宝島のシンボル荒木崎灯台

「ここのいいところは、自然がものすごく近いところ。夏のすごく暑い日に時間があいて、海に行こう!と思い立ったらすぐに行ける。海には誰もいない、魚もそのまま見える。人がいないから、景色も独り占めです(笑)。ぼーっとしていても、誰にも邪魔されない時間です」。荒木崎灯台付近に立ち、風を直に浴びる。自分も自然の一部だと感じられる。「森にはいろんな鳥。車が通っても飛び立たないですしね。鳥の群れ、ヤギの群れ、虫もいっぱいいる。ハブも見ます」。自然のダイナミズムと一体化する暮らしが、ここにある。

後編では、衣笠さんの宝島暮らし。予想外だったこと、これからの夢について伺います。

 

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