プロローグ
インタビュー:奥脇真由美 撮影:高比良有城 取材日2020年1月
夜も暮れながら小舟で…
引っ越しというものは普通でも大変な作業だ。片付けや荷造り、そして運搬。それが遠距離、しかも離島となるとなおさらで、佐々木さん夫婦の場合、桜島から新島へ荷物を運ぶのが特に大変だった。定期船は12人乗りの大きさで、1回で運べる量は限られ、1日の運行も数回。天候にも左右される。4人乗りの小さな船も借り、夜が暮れるなか運んだこともあった。北九州―鹿児島間も10回以上往復したという。住まいは新島港前の比較的新しい家をリフォームしたが、その作業もなかなか計画通りには進まなかった。
「離島がゆえに、工務店の方もちょっとした工事のために立ち寄るというのができないんですよね。どんどん延びていって。だから『だいたい住めます』という状態で移って来ています」
と笑う和子さん。リフォームは今も進行中で、自分たちでできるところは手掛けながら完成を目指している。そんな想像をはるかに超えた引っ越しの大変さに「もう一回しろと言われたら絶対にしない」と二人は口を揃える。
「わけがわからなかったからやったけど、わけがわかっていたら、神様に首根っこ掴まれてお願いされてもやらなかったでしょうね」(直行さん)
「やらなきゃならないとなると、人間凄いものですよね」(和子さん)
60歳前後にしてそれを成し遂げた二人。故郷のために、神社を心配していた父親のために、協力してくれている皆のために、そして自分たちの想いに正直にあるために、「やる」と決めたら突き進むその心意気は、故郷・新島が醸すパワーとどこかリンクするものがある。
風や波を読む毎日
北九州の暮らしやすい環境に慣れ切っていた佐々木さん夫婦。故郷とはいえ、二人以外住人のいない島での暮らしは、大きすぎる変化だったに違いない。
「農業や漁業の経験があったらまだ楽だったかもしれないけど、それまでがボールペンしか握ったことがないようなサラリーマン。ここではクワを振るって、木の根を掘ったりして、年齢的なものもあるけど体力的にすごくハード。今思うと移住するにはラストタイミングでした。70歳を超えていたら無理だったと思います」(直行さん)
「住んでみて思いました。けっこう体力要りますよ」(和子さん)
新島での暮らしが始まって4か月。現在はまだ生活の基盤を整えている段階で、「のんびり島暮らし」というわけにはいかない。島のやぶ払いや畑仕事、食料や生活必需品の買い出しはもちろんだが、NPO法人としての研修や役所等への相談・手続きなどやっておきたいことは山ほどあり、海を渡るのも頻回だ。用事を済ませるには定期船では時間が合わないことも多く、4人乗りの小船を出すとなれば波や天気が大きく影響する。そのため出かける数日前から天気予報をチェックし、風を読み、波や潮の満ち引きに気を配る毎日で、五感も研ぎ澄まされるという。
新島の再生が、次世代へつなぐもの
住み始めてからの大変さも実感する一方で、何ものにも替え難い環境がここにはある。
朝目覚めると聞こえるのは、小鳥の鳴く声や風のざわめきなど自然が奏でる音だけ。車の騒音になど当然邪魔されない。空気はおいしく、目の前には澄んだ海。夜の深い闇に輝く星空は美しく、幼い頃、和子さんたちが姉妹で見ていた夜空そのものだという。隆起して生まれた島には珍しい地層が見られ、また、絶滅危惧種の野鳥・内山仙入(ウチヤマセンニュウ)の生息も確認されるなど、学術的にも貴重な自然が残っている。
今、佐々木さん夫婦が仲間とともに目指すのは、そんな島の自然を守り、そのすばらしさを次世代に伝えていくこと。そして自分たちが年をとっても、同じ想いで島を守ろうとする若者が育っていくことだ。昨今ではSDGsという持続可能な開発目標が世界で掲げられ、環境保護もさらに声高に叫ばれている。新島のような場所で大自然を感じ、それがかけがえのないものと若い世代に知ってもらう取り組みは、そんな世界の潮流にも交わっていくものかもしれない。
佐々木直行さん・和子さんのかごしま暮らしメモ
かごしま暮らし歴は?
4か月
Iターンした年齢は?
直行さん 66歳(Iターン) 和子さん 59歳(Uターン)
Iターンの決め手は?
故郷の再生のため
暮らしている地域の好きなところ
五社神社、島に祀られている岩神様、桜島が見える自宅の台所
かごしま暮らしを考える同世代へひとこと
新島は何もないけれど大自然に癒される場所。ぜひ「心の充電」に来てください