ふるさと(長島町・獅子島)の魅力を生かし “想い”のある仕事を(後編)

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プロローグ


ふるさと獅子島を後にし、就職後、東京や上海で視野と人脈を広げた山下城さん。「これまでの経験を生かし、故郷のために何か自分ができることがあるのではないか」と強く想いはじめる。Uターンを決意した背景や家族への想い、獅子島で思い描いている未来についてお話しいただいた。

インタビュー:奥脇 真由美 撮影:高比良有城 取材日2019年4月

離れかった島へ想いは戻る

 自分が本当にやりたいことは、実家の家業を広げていくこと。そう気づいた背景には、それまでに何となく抱いてきた「地元・獅子島をどうにかしたい」という想いがあった。島を出てから十数年のあいだ、帰省するたびに気になっていたのは、島に漂う停滞感だ。

「いい意味でも悪い意味でも変化がない、発展がない。掘り下げて考えてみるとやはり、若い人が少ない。みんな中学校を卒業すると島を出て戻ってこない。ここを変えないことには、島は発展していかないというふうに思った」

という山下さん。島を、鹿児島を、そして日本を飛び出し培った経験を以って、地元の課題に「自分ができること」を考えるようになる。

フェリーが発着する片側(かたそば)港周辺。港前にそびえる校舎に、幼稚園・小学校・中学校が統合されている

ちょうどその頃、実家では「島のごちそう」という新たな事業を始めていた。漁で獲った水産品を自分たちで加工して消費者に直接販売する仕組みを作ること、また、島に観光客を増やし、島の魅力をもっと広く知ってもらうことを目的に、山下さんの両親が立ち上げたものだ。両親のほうで水産加工品の販売や観光客へのランチの提供をはじめていたが、本業の漁業の空いた時間でやりくりしている状況で、まだまだ軌道に乗っているとは言えなかった。

「『島のごちそう』を生かして、実家で獲った魚を国内だけでなく自分がいた上海をはじめ海外にも売っていきたい。そしてやはり、もっといろんな人に島を知ってもらい、足を運んでもらい、現地で新鮮な魚を食べて欲しい。そういった事業を広げるために、自分の知見や人脈、情熱を注いでいきたいと考えるようになりました」

養殖した海苔を引き上げる山下さんのご両親。美しい海で育った海苔は味も香りも格別だ

決意の時、家族は

ところで、獅子島には病院がない。診療所はあるが、医師は常駐ではないため、場合によってはフェリーで長島本島や本土の病院へ行かなければならず、急を要するときには高速船をチャーターしたり、ドクターヘリに頼らねばならない。島内は物価が高く、買い物も本土へ渡ったときに買い貯めをするという暮らしだ。Uターンし腰を据えるとなると、そんな離島ならではの不便さは当然覚悟しなければならない。幼い子どもを抱え島へ戻ることに、家族の反対はなかったのだろうか。

山下さんがUターンの決意を家族に伝えたのは、6年間の上海駐在を経て東京へ戻った年の年末。それまでが単身赴任だったため、奥さんからは「東京でやっと家族みんなの生活が始まると思っていたのに、なぜこのタイミングなの?」と言われた。けれど上海駐在中から夫が抱いていた島への想いを知っていたこともあり「あなたが言い出したということは、よっぽど考えたうえで決断したことなのだろうから」と最終的に同意してもらえたのだそうだ。

島で家族の時間を取り戻す

山下さんにはもう一つ、島へ戻ることを決めた大きな理由があった。それは、「家族との時間」を取り戻したいということ。上海駐在の6年間、子どもたちにとって重要な幼少期に、ほとんど一緒にいられなかったことに後悔の念があった。その時間を取り戻すべく、今は親子で浜辺へ出てカニ獲りをしたり、一緒に釣りをしたりと、子どもとの時間を意識的に作り、感動や苦労を共有しながら過ごしている。獅子島の魅力について尋ねたとき垣間見えたのは、やはり子どもたちへの想いだ。

「自然が多いというのは獅子島の最大の魅力。子どもにとって自然にふれあいながら遊ぶのは、気付くことも多いと思いますし、自分で考える機会も多い。子どもを育てる環境という意味では、すごく魅力的だと思います」

島には離島ならではの不便さもある。しかし一方で、何かと便利ではあっても高層ビルの立ち並ぶ都会では決して得られないものもある。「豊かな自然」という一言では表しきれない、獅子島と周辺の海が織りなすあたたかさや厳しさ、たくさんの発見や驚き。そういったものを、一人釣りをして過ごした放課後に、また、逃れたかった漁の手伝いのさなかにも、そのからだと心でめいっぱい感じてきた山下さんだからこそ、子どもたちにも伝えたいと願う、島の魅力。そこには、かつて「すぐにでも出たいと思っていた」というふるさとへの、誇りのようなものが感じられる。

獅子島の観光名所・黒崎空中展望所からの眺め

海外も視野に魅力を発信

獅子島に戻り、両親の立ち上げた「島のごちそう」を引き継いだ山下さん。まずは「島のごちそう」の現状を分析し、課題を洗い出し、その対策とこれからの方向性を両親と共有することからはじめた。

「加工品の販売や、観光客へのランチ提供など、いくつかのことをやっていたんですが、一つひとつがすべて点になっていた。ビジネスの柱となる戦略・方針のもと、それらを連携させて、かつどこをターゲットに顧客を得ていくのか。価格の設定についても、安ければ売れる、他の人がこのくらいの値段だから・・・という考え方じゃなくて、その価格でも消費者に満足してもらうためにどうやって付加価値をつけるのか、その必要性について両親と共有したところです」

そのうえで、新たな加工品の試作、商品のブランディング、ホームページの制作、販路の開拓など着々と進めている。

「加工品の開発では仕事を通して知り合った料理教室の先生の意見を取り入れ、販路を広げるにあたっては、国内外で日本料理店を経営している方や海外で日本食材を輸入している方に、貿易実務については物流会社の方にも相談させてもらっています。これまで業界問わずたくさんのご縁があったので『何か困ったことがあれば聞いてくれたらいいから』と、いろんな方からサポートしてもらっています」

獅子島での新たな挑戦は、これまでの経験で培ったあらゆる業種に広がる人脈によって支えられている。

経験と人脈という大きなお土産を持って獅子島に帰ってきた山下さん。Uターンして約2か月。新たな挑戦はすでに始まっている

そして山下さんにとって、「島のごちそう」は、まだ目標の入り口に過ぎない。

「『島のごちそう』はまだ始まったばかりですが、広げていけば必ず雇用も生まれる。雇用があれば、若い人たちが島を一度出ても戻ってきやすいと思いますし、戻る若者が増えることによって、価値観が多様化したり、情報の入り方も変わったりして、島の活性化につながっていくかなと思います。そしてそんな変化が、獅子島に橋を架ける(本土とつながる)一つの理由付けにもできるのではないかなと。それによって獅子島活性化のスパイラルがいい方向にまわっていくんじゃないかと思っています」

自然の中を元気いっぱいに駆け回る島の子どもたち。
いずれ島を離れても、誇りを持って戻れる場所になるように、いま、山下さんがその種を蒔き始めている


山下城さんのかごしま暮らしメモ

かごしま暮らし歴は?

2か月

U•I•Jターンした年齢は?

32歳

U•I•Jターンの決め手は?

“想い”のある仕事をしたかったから

暮らしている地域の好きなところ

お気に入りの場所は自宅。日の出が見えて、一日の始まりを実感できるところが好きです。

かごしま暮らしを考える同世代へひとこと!

獅子島は自然に溢れ、ゆっくりと流れる時間のなかで自分らしい生き方ができるところだと思います。ぜひ一度いらしてみてください

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