鹿児島市から南へ約135kmの洋上に浮かぶ屋久島は、日本で初めて世界自然遺産に登録された島。多様な自然と人が共生しており、自然景観を生かした観光業と、トビウオ漁をはじめとした第一次産業が盛んだ。
移住者が多い屋久島で、女性唯一の漁師として奮闘するのが茨城県出身の伊藤佳代さん。移住6年目にトビウオ漁を体験したことがきっかけで漁師になった。朝から晩まで海の上にいてもまったく飽きないという伊藤さんに、漁師を志したいきさつと日々の仕事について聞いた。
コラム:里山 真紀 撮影:高比良 有城 2018年8月取材
人生を変えた、初めてのトビウオ漁体験
屋久島の特産品・トビウオは、現地の方言で「トッピー」と呼ばれ、その漁獲量は鹿児島県が日本一。全国の7割以上を占める。鹿児島県本土と種子島・屋久島を結ぶ高速船の名称が「トッピー」であることからも、地域に根付いた魚であることが伺える。
種子島・屋久島地区のトビウオ漁は独特だ。本船に3〜5名、片船に1名乗船して2隻で操業。漁場に着くと、まず本船から海に網を入れ、片船と2隻で網なりを正常に保ちながら曳き流す。網の長さは300メートル、
その後、両船が円を描くように網を曳き、魚を囲い込むが、ここからが漁師の腕の見せどころ。片船に乗る漁師は海にダイブし、トビウオが網の外に逃げないように直接囲い込む。こうして囲い込まれたトビウオは本船で漁獲され、これを1日に数回繰り返すという。
伊藤さんのトビウオ漁初体験は、移住6年目の2016年。
「それまでも漁船で釣りをしたことはあったのですが、網で魚を獲る様を初めて目にして、ものすごい量のトビウオがわーっと船上に入ってくるのを見たら、とても興奮してしまって。漁師さんもみんな楽しそうに作業していたので、これを仕事にしたら今の生活がより楽しくなるはずだと確信しました」
移住6年目で出会った天職。島で唯一の女性漁師、誕生
ちょうどその頃、島を出るか、出ないか、自問自答を繰り返していた。伊藤さんより先に屋久島で暮らしていた姉は結婚し、義兄の実家のある関西へ転居していた。
「屋久島という場所は好きだったけれど、やりたい仕事がなかなか見つからなくて。その年いっぱい考えて、気持ちが変わらなかったら、島を出ようと思っていたんです。
そんな時、トビウオ漁に出会って。“この仕事をしてみなければ、島から出られない!”と思いました。屋久島に住んで6年、ようやく私の探していたものに出会えたのかなって」
興奮冷めやらぬまま、船長にその思いを伝えると、なんとなく話をはぐらかされた。
「最初は“この子、本気なのかな?”っていう感じだったと思います。それでも諦めずに自分の気持ちを伝え続けたんですね。水揚げを手伝っている時だったり、LINEでやり取りしたり。するとある日 “とりあえず夏の間乗ってみて、それで続けられるかどうか判断してみたら?”って言ってくださったんです」
力仕事が多い漁業界はまだまだ男性社会だ。当時、屋久島に女性漁師はいなかった。不安はなかったのだろうか。
「受け入れてもらえるかどうかは分からなかったけれど、やりたい気持ちの方が強くて、そこはあまり考えてなかったです。幸いなことに同じ船のもう一人の乗組員の方も私が働いていた燻製屋でアルバイトをしていたことがあって。もともと知り合いだったので、抵抗はなかったみたいです。また、片船の船長さんも頑張る人を応援したいと言って、背中を押してくれました。本当に恵まれていたと思います」
漁業研修生として学び、漁師としての礎を築く
トビウオ漁師の朝は早い。日の出前に安房漁港に集合し、船に乗り漁場へ向かう。近場だと約30分、遠いところだと南種子町付近まで出るため1時間半ほど船を走らせる。漁場に着くと、4〜6回ほど網を打つ。漁を終えたら漁港へ戻り、水揚げをする。こうして夕方には1日の仕事が終わるという。
「漁って練習ができないんです。海に出たらいつも本番なので。だから道具の使い方も機械の操縦法も見て覚えるしかないんですよね。俊敏さも求められるので、最初はもたついて迷惑をかけたりもしましたが、慣れてくるとだんだん体もついてくるようになって。重いものを持つことで徐々に筋肉もついてくるので、最初は両手で持っても重かった鎖が、今は片手でひょいっと持てるようになりました」
漁師になった当初は燻製屋の仕事も続けていたが、2016年11月に県の漁業研修生になったのを機に漁師一本でやっていこうと決意した。1年間、トビウオ漁の網の作り方からみっちり学び、小型船舶操縦士免許や海上特殊無線技士免許も取得した。
「すべての仕事をちゃんとこなせるようになりたかったので、休みの日も漁港に行って船の上で準備をしたりしていました」
好きなことだから、苦労しているとは決して思わなかった。それゆえに天職と言えるのだろう。
長く、楽しく、漁師であり続けたい
漁師は一般に魚を探すのに魚群探知機を使う。ところが、トビウオは海の表層にいるため魚群探知機に映らず、飛び立つ姿を目視で探して漁を行うのだという。経験で培われた自身の目だけが頼りと聞けば、あらためてその難しさを思い知らされる。
「トビウオ漁で船長になるとしたら乗り子さんを雇わなければならないので、親方としての技量が問われます。また、トビウオ漁は特に体力を使うので、いま41歳の私が何十年も続けられるとは思えないんです。そこで、トビウオ漁の乗り子と並行して、最近は一本釣りの船にも乗っています」
トビウオ漁がチームプレーであるのに対して、一本釣りは個人プレーだ。その魅力は、自分の手応えで釣れること。船を持てば、自分で漁場を探す醍醐味もある。
天職をより長く、楽しく続けるために。今が学び時だと考えている。休日はゆっくりと体を休めつつ、道具作りをしたり、船のメンテナンス作業を教わることもある。最近は魚に関する本を読むことも多いという。そんな伊藤さんにおいしいトビウオの食べ方を尋ねてみた。
「獲れたてのトビウオは新鮮なので、お刺身が一番。あとは漬けにしたり、酢でしめたり。淡白な魚なので、バラエティー豊かに調理できます。ミンチにして、つき揚げ(さつま揚げ)にしてもおいしいですよ」
〈後編〉では、移住7年目にして伊藤さんが感じている屋久島の魅力にフォーカス。離島移住に憧れている人も、天職を見つけたい人も、必見です!