自身も地球も健康になる暮らしを求めて(前編)

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プロローグ

鹿児島県の北東部に位置し、宮崎県都城市との県境にある曽於市財部町。
農業や畜産、林業が盛んなこの町の人口はわずか3500人。辺りを見渡せば手付かずの自然が広がり、のんびりと静かに時が進む。そんな財部町にロサンゼルスから移り住んできたのはアームシャー・ロバート・理恵さんご夫妻。
2人がこの町を選んだのは理恵さんの祖父母が暮らしていたから…いわゆる「孫ターン」だ。
祖父母以外に知り合いは誰もいない町へ飛びこんだ2人の今は?お話を伺ってきた。

インタビュー:満崎千鶴 撮影:高比良有城 取材日2019年6月

理想の暮らしが出来る場所

「分かりにくくてごめんなさい、迷いましたね〜!ようこそいらっしゃいました〜!」
シトシトと雨が降る中、鮮やかな黄色の傘を差し笑顔で迎えてくれたのは奥様のアームシャー理恵さん(33歳)。

理恵さんの差してくれる傘に身を寄せ玄関に入ると、「こんにちは!」と上手な日本語でご主人のロバートさん(35歳)が顔を出した。

縁側に並ぶソファーの影からは、 “知らない顔だな…”と警戒気味のピーナッツ(猫)がこちらを覗く。

2人は現在、ここ財部町で翻訳・通訳の仕事をしながら地域の方と共にファーム作りやヨガを楽しんでいる。

地域の方たちと共に育てる2人のファーム

理恵さんは山口県の出身。高校を卒業後、心理学を学ぶため1人渡米し短大へ進学。短大で2年間学んだ後、カリフォルニア州立大学に編入し卒業した。その頃のロバートさんは映像制作などを行なうマルチプロダクションカンパニーで、テレビ番組制作をメインに、コマーシャル企画・構成、映画のストーリデベロップメント(ストーリー制作)などを仕事にしていたそうだ。
2人は今から6年前、理恵さんがロサンゼルスでヨガ講師をしている時に出会った。
大学を卒業した理恵さんは、重度の自閉症のお子さんを抱える家庭に出向き、ホームスクールの手法で様々な勉強をするセラピストのアシスタントの仕事に就く。
そんな時、理恵さんは現在活動しているヨガに出会う。

ヨガは気持ちの持ち方や開放感溢れる人生の選択肢を広げてくれたという。
「ヨガを通して自分が体験した言葉では表現できない開放感や満たされる感覚をたくさんの人に広げていきたい」そう思った理恵さんはヨガ発祥の地、インドへ。現地で6週間修行の日々を過ごした後、再びロサンゼルスへ戻り講師の仕事に就いた。
「どちらかというとアメリカのヨガはエクササイズ感が強いですね。ライフスタイルに合わせ、いかに健康的になるためのヨガというのでしょうか?ヒップホップの曲に合わせてやることもあるくらい流動的でカジュアルスタイル。それに比べてインドのヨガはひとつひとつのポーズをきちんとする正統派。環境や文化が違うので求められているものも違うのです。」と話す。

ヨガ講師として生計を立てるのであればアメリカでの生活を続けるこも考えられたが、「健康的な生活やライフスタイルを提供していきたい」という強い希望があった理恵さんは、この頃から暮らす場所を模索し始める。
「“私が考える健康的な暮らし”の中にはヨガがあったり、美味しい季節の食べ物があったり、それをみんなで分けあえるような環境であるのが一番人間の本質的な生き方ではないか…と思いました。

ファームで育てた野菜を嬉しそうに収穫する理恵さん

そんなことを考えているうちに、祖父母が暮らす財部町が移住先の候補に上がりました。祖父母の元へ帰るたびに繰り返す“人”との出会いが何より素晴らしかったから。ここなら自分の理想とする活が出来るのではないか?と思いました」と当時を振り返る。

水なしガスなし電気なし!のサバイバル生活

ロバートさんと理恵さんは日本への移住へ向け準備を始めた。
まずは、拠点だったロサンゼルスからロバートさんの故郷であるピッツバーグへ。この時ロバートさんのご両親は、家を手配してくれたり、食事の差し入れをしてくれたり、理恵さんが日本へ一時帰国し戻った後も半年間両親の家に住まわせて貰ったりと、日本への移住へ向け準備を進めるにあたり、とても助けられた…と感謝の気持ちを忘れない。
そして2017年。一足先に財部町にやってきた理恵さんは祖父母の所有する “水なし・ガスなし・電気なし”の小屋(現在のファームに隣接している小屋)で1人生活を始めた。

理恵さんが半年間過ごした小屋

小屋の前に広がる畑を耕し少しずつハーブや野菜を植え育てた。
半年間もの間、小さな町の水も電気も通らない畑の中でキャンプの様な生活を続ける理恵さんの噂はたちまち広がっていった。

「英語が話せるらしいよ…」と理恵さんの優れた語学力を知った地域の方から、“ぜひ娘に英語を教えて欲しい”と依頼を受けた理恵さんは快く承諾。
英語を教えているうちに仲は深まり、ご家族の叔父さんが所有する空き家を紹介してくれた。それが現在、2人が暮らす一軒家だ。

2人は自分たちで改装しながらこの家で楽しく生活している

「祖父母しか知り合いがいなかったのに、出会った方みんながいろんなことを教えてくれたり、人と繋いでくれたり。受け入れ体制(ウェルカム体制)がすごくて嬉しかった」と話す理恵さん。
理恵さんの理想とする生活に、最初は「大丈夫かな?本当にできるのかな?」と疑問を感じていたロバートさんも、理恵さんが何かを成し遂げる瞬間を目の当たりにし、“そんな活動のお手伝いなら”と、理恵さんが待つ財部町へ半年前に拠点を移した。

「自分たちが家庭菜園で作った野菜を調理して食べたり、調理に使用するスパイスを作ったり、家も自分たちで改装しています。地域の方たちに支えて頂きながら知恵を使い、自然と寄り添いながら生きていくこと。

川へ水汲みに行く2人。美しい自然は大切な資源

地球も一緒に元気になっていくような生活を少しずつ若い世代に伝えていきたい。ここでの暮らす私たちの生活が誰かの手本となれば、環境も大切にできますよね。」

『健康的な生活やライフスタイルを提供していきたい』そう願った理恵さんの大きな夢は、財部町という小さな町でスタートを切った。

※後編では、地域の方たちとの繋がりや2人が目指す未来ビジョンについてお話しを伺います。

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