ダンスも暮らしも 心とからだがおもむく方へ(後編)

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プロローグ

コンタクト・インプロビゼーション(以下C.I.)というダンスの普及活動や国際フェスティバルの参加を通し、より自然豊かな場所での暮らしを意識し始めたダンサーの勝部ちこさんと鹿島聖子さん。東日本大震災の経験からその想いはさらに現実的なものとなり、Iターンを決意した。移住先に決めた伊佐市での住まい探しから、新たな暮らし、活動の変化について、さらに詳しく話を聞いた。

インタビュー:奥脇 真由美 撮影:高比良有城 取材日2019年2月

頼りになった伊佐市の移住・定住サポート

「すごくいいところみたいだよ」。

そんな知人の言葉に、「即興的」に伊佐へ足を運んだ勝部さんと鹿島さん。下見の時から頼りにしたのは伊佐市役所だった。同市では移住・定住促進のために原則最長1か月利用できる定住体験住宅を用意しており、二人は3~4日間そこを借りて下見や家探しをした。

「市役所の方たちが、いろんな場所に連れて行ってくださって。自分たちだけで回るよりも一気にいろんなところを見ることができました。伊佐に移住して2年とか10年とか暮らしている方たちともつないでくださったんですが、皆楽しそうで。色々な話も聞けました。」

お気に入りの伊佐の夕景

海外でのC.I.フェスティバルで、参加者の多くが菜食やマクロビオティックなど食事の面からこだわっているのをまのあたりにし、自然農法にも興味が沸いていた二人。「暮らすなら畑が持てる一軒家」と探していた住まいも、市役所職員の紹介で、副市長の知人の持ち家を借りるに至った。

現在の住まい。掃除をし、少しずつ暮らしやすい環境に整えていった。空港まで40分程度で行くことができ、国内外各地で活動する二人にとっては立地的にも便利だ

下見で訪れた際、土地柄や住まい以外にも特にチェックしておきたいことが二人にはあった。それはC.I.の活動をするのに適した施設があるかどうか、特に国際フェスティバルを開催できるような場所があるかどうか、ということ。
 伊佐ですでに3回開催しているC.I.の国際フェスティバル。毎回会場としている十曽青少年旅行村は、ダンスに適した建物や宿泊施設があったことから、最初は「自分たちが思い描く合宿型のフェスティバルをするのに条件がまあまあ近い」という程度の印象だったが、実際に開催してみて、ますます環境の良さ、自然の力のすばらしさを感じたという。

「参加者のなかには、十曽が素敵だからまた来るというリピーターもいるくらいです」(鹿島)

伊佐市の十曽青少年旅行村でこれまで3回開催されているC.I.国際フェスティバル。国内外から参加者が訪れる

C.I.国際フェスティバルの様子

地元の人に支えられている国際フェスティバルでの食事

 伊佐で開催されるC.I国際フェスティバルは宿泊型。参加者の食事の世話は、地元の女性たちが中心となって担っている。

「移住当初から私たちの活動を気にかけてくださる方がいらっしゃって、国際フェスティバルをするとなったとき『あんたたち、食事作るの大変でしょ?!どうするの?』と。」

「マサコさん」と二人が呼んでいるその女性は、地元の婦人団体や飲食店にも声をかけ、国際フェスティバルの食事をコーディネートしてくれるようになった。
 しかし、C.I.の国際フェスティバル参加者の多くはベジタリアンだったり、マクロビオティックが好まれたりする状況で、作り手である地元女性の中にはそれらに馴染みのない人も多く、例えばベジタリアンに用意する料理は「お皿を出すときにお肉だけ取り除いておけばいい」という感覚だったという。それでも、国際フェスティバルも回を重ね、食事を通して直に参加者とふれあうなかで、求められる食事はどのようなものかが理解されるようになっていった。マサコさんに至っては、今ではマクロビオティックの教室に通うほどだという。

C.I.国際フェスティバルでの食事風景

自分たちのまちに参加者が集う嬉しさ

それまで二人は東京や神戸、金沢で国際フェスティバルを主催してきた。それが伊佐に移ったことで、何か変化はあったのだろうか。

「自分たちの暮らす土地に人を呼んでいるというのが、これまでと大きく違うところ。『私たちの住んでいるところ、とても素敵でしょ』という気持ちが含まれていますよね。結果的にここの魅力を国内外のいろんな人に知ってもらう機会にもなっていて、私たちがこういうところで楽しそうに生きているのが、出会う人たちの記憶に少なからず残って、その人にとっていつか何かのきっかけになったらいいなとも思います」(勝部)

「フェスティバルの参加者と運営スタッフだけでなく、地元の人へも交流の輪が広がっているのがこれまでのフェスとだいぶ違う。お手伝いしてくださる地元の人たちが、フェスティバルの参加者と直接仲良くなって、友達として関係がずっと続いているのがSNS上で垣間見えたりするのは嬉しいですね。」(鹿島)

世界は広いけど近い。国籍の壁はそう高くない。そんな風に感じられる場を、伊佐市という小さなまちで、自然体で創出している二人だ。

雑音から解放され出会う世界が広がる

人やモノや情報が集まる大都市は、そこに広がる世界も多種多様だ。しかし人やモノや情報が集まるあまり、それらがしがらみとなって、発想や行動に不自由さをもたらす場合もある。そんな大都市から移住してきて感じるのは

「いろんな雑音が聞こえてこないところで、『社会に組み込まれなきゃ』という意識が解かれる感じ。人が創る世界だけじゃなく、自然との関わりとか、もっと広い視点で物事に向き合えるようになると、いろんなことが楽になるんじゃないかと思います」(鹿島)。

自然に抱かれた暮らしのなかで、何かが解き放たれ、見えてくるものもある。また、日常の交友関係も東京で暮らしていた頃とは大きく変わった。

「大都市では自分たちと同業の人も周りにたくさんいて、その人たちとのかかわりだけでも手いっぱいといった感じだったんですが、ここではダンサーなんてそういなくて、必然的にいろんな年齢や職業の人と出会うことになる。そういった人たちの話を聞けたり、これまで接点のなかった職業のプロフェッショナルな側面を見られたり、そういう意味では、交友関係は東京にいたときよりもずっと広いように思います」(勝部)

「地元の人たちとは互いに新鮮な刺激を受け合っている」と鹿島聖子さん

「大家さんのお友達と一緒にお酒を飲むなんて、東京では考えられないですよね」と笑う勝部ちこさん。小さなまちならではのつながりも楽しんでいる。

「即興的」な生き方の楽しさ

「常に即興的に流れに乗ってきている人生」という二人。最後に、「即興的な生き方」の魅力を聞いてみた。

「『失敗』というものがないですよね。失敗を失敗と捉えないというか。思ってもみなかったことが降ってきても、じゃあ次はこれかと受け入れられる。すごろくのように進んでいく感じ。」(鹿島)

「例えば決めたことがあって、そこに至るまでに障壁があると、何とか乗り越えなきゃと大きなエネルギーが必要だったりするけど、その時々でどの道がいいか選ぶことでできていく流れに乗っていくと、あまり障壁にぶつからないですよね。そんな生き方をしてきて、予想外に何かが起こっても「これいいね」とポジティブに捉えるクセもついてきてるんじゃないかな」(勝部)

そんな生き方をしていると、思いがけない人と出会い、それもまた楽しいと二人。
「移住」と言うと環境や暮らしの変化を予想してつい構えてしまうかもしれないが、時には二人のように、即興的な選択で進んでみるのもいいのかもしれない。

伊佐で出会った音楽家の蓑茂尚美さんと。最近では、鹿児島を拠点に音楽活動を行う蓑茂さんが奏でる即興の音楽とともに、新たな世界観を紡ぎ出している

勝部さん・鹿島さんの鹿児島暮らしメモ

かごしま暮らし歴は?

6年

Iターンした年齢

勝部さん47歳/鹿島さん 41歳

Iターンの決め手は?

知人に鹿児島への移住者がいたこと。行ったこともない場所だったので、かえって興味が沸きました。

暮らしている地域の好きなところ

C.I.の国際フェスティバルを開催している十曽。近くのスーパーに行く途中の夕日スポットやそこから見える霧島連山。家の前の景色。あるがままの自然の風景を、日々楽しんでいます。

移住を考えている同世代へひとこと


鹿児島弁で「てげてげ」という素敵な言葉があります。「適当に」とか、「力を抜いて」といった種類の言葉。鹿児島で「てげてげ」な人生はいかがですか?(勝部)
都会は人が創る世界だけにしばられがち。地方に来て、それ以外の世界も見て生きていくと、かなりいろんなことが楽になります。(鹿島)

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