3万年前の「炉跡」確認 徳之島に人がいた証拠に 下原洞穴遺跡シンポジウム 天城町

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 鹿児島県徳之島・天城町西阿木名にある下原洞穴(したばるどうけつ)遺跡から、約3万年前に人類が火をたいた跡(炉跡)が確認されたことが1日、天城町防災センターで開かれた「下原洞穴遺跡シンポジウム」で発表された。合同発掘調査に当たった天城町教育委員会は「これにより約3万年前から徳之島に間違いなく人がいたことが証明された」と報告。改めて同遺跡の学術的価値を示している。

人類の生活の痕跡が少ない「空白の1万年」を埋める発見が相次ぐ下原洞穴遺跡=2023年4月(天城町社会教育課提供)


 
■3万年前の炉跡

 下原洞穴遺跡は2010年に発見された遺跡。発掘調査に携わった具志堅亮学芸員の報告によると、伊仙町のガラ竿遺跡では約3万年前の地層から2点の石器が出土していたことから、これまでにも約3万年前には徳之島に人類が到達していたと考えられてきたが、正確な年代は不明だった。

 ところが23年の下原洞穴遺跡の調査で、同遺跡の最下層から炉跡を発見。複数回にわたり炉として利用されていたと見られ、採取した炭化物の年代測定をしたところ、約3万年前のものであることが確認された。具志堅学芸員は「これによって約3万年前から徳之島に人がいたということの確実な証拠となった」と指摘する。

■クロウサギ捕食は1万7千年前から

 下原洞穴遺跡では3万年前の炉跡の上層に、約1万7千年前の炉跡も検出。近くには焼けた動物の骨も見つかり、調査した結果、アマミノクロウサギの骨であることが判明している。

 これまで島内の貝塚からは約3800年前~3千年前のころのアマミノクロウサギの骨が出土。下原洞穴遺跡の発掘により、さらに時代を古くさかのぼった約1万7千年前からクロウサギが狩猟され、食用とされてきたことが分かってきた。
 
■奄美諸島最古の土器も

 下原洞穴遺跡からは骨だけでなく貴重な土器も発見されている。
 これまで奄美諸島で最も古いとされてきた土器は約7千年前の南島爪形文土器と呼ばれるもので、これが奄美諸島における土器文化の始まりと考えられてきた。

 ところが下原洞穴遺跡からは細隆線文土器(隆起線文土器)と呼ばれる土器が出土。およそ1万3千年前の土器ということが分かってきた。

 この土器の出土により、奄美諸島の土器の起源は6千年も古くさかのぼることが判明。また同土器の全国分布エリアも、これまでは種子島が南限とされてきたが徳之島まで広がることになった。

■「タイムカプセル」

 奄美諸島では約2万年前から7千年前までの期間、人が暮らした痕跡が極端に少ない空白期となっている。

 シンポジウムのパネルディスカッションで、福岡大学の石原与四郎助教は「洞窟は貴重な『タイムカプセル』。活用する上でも重要」と指摘。東京大学大学院の森先一貴准教授は「島という環境の中で人類がどうやって適応し生きていたのかを知る上で極めて重要な情報」と述べた。

 具志堅学芸員は「下原洞穴遺跡はまだほんのわずかしか掘っておらず、大部分がまだ土の中に眠っている。国史跡指定を目指し、未来にバトンをつなげたい」と話している。

下原洞穴遺跡の価値について報告されたシンポジウム=1日、鹿児島県天城町防災センター

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