プロローグ
京都で古ビルなどのリノベーションで実績を残してきた石川さんは、2015年に地域おこし協力隊として阿久根市にやって来た。そして任期を終えた現在も阿久根市に残っている。地域おこし協力隊として地方の町に来た人がそのままその地域に残るケースは、この制度にとっての成功例である。石川さんはあと3年は阿久根市に居る予定だという。その理由とは何なのか。
後編では石川さんが阿久根市で行ってきた活動内容と、これから始めようとしている新しい事業についてお話いただいた。
インタビュー:今田 志野 撮影:高比良 有城 取材日2019年3月
農家さんや漁師さんの仕事はクリエイティブだ
石川さんの場合、地域おこし協力隊としての仕事内容は地域のPRをするという大枠は決まっていたが、具体的にどんな作業をするかは自発的に考えていった。
まず最初の1年間とにかく積極的に行ったことは「町を見ること」。地域の人、食べ物、生産物、お祭りなど、地域資源となり得るヒト・モノ・コトを調べ、フェイスブックのページを作って記事をアップしていった。
その作業をした第一の理由は、信頼関係を築くためだ。突然よそから来た人が何を発言しても聞いてもらえないだろう、そう考えて地域のあらゆる人と接触した。飲み会があれば顔を出し、イベントを手伝い、特産品のPRの仕方など日常的に出される小さな相談事に乗っていったという。その中で、魅力的で尊敬できる人がたくさんいるということが何よりもやりがいに繋がった。それが今も阿久根に残っている最大の理由でもあると石川さんは語る。
例えば都市部で食べ物のパッケージデザインなどPRの企画をする時、まず完成された商品がすでにあってメーカーからヒアリングをしたり試食したりなどして、デスク上で仕事が完結する。しかし阿久根市の仕事では商品の原材料の生産者と直接会って、畑で収穫をしたり漁船に乗ったりなど生産の現場を体験することができた。
「都市部ではデジタルなものを使ったデザインなどクリエイティブ系の仕事がもてはやされるような状況がありました。だけど、阿久根に来て農家さんや漁師さん、お味噌や郷土料理を作るおばあちゃんにしても、その仕事を見て理屈抜きに感動して、彼らの方がよっぽどクリエイティブだと思ったんです。地域おこしを仕事にするなら、そういう地域の魅力的な人たちや、そこから生み出されるものの価値をちゃんと応援していかなきゃいけないと感じました」
地域の課題を見つけて、解決方法を考えるという仕事
地域の人たちが生み出すものを商品化して伝えていくことが石川さんの仕事かと言えば、そんな単純なものではない。地域ブランドや地場産品の開発・PRは地域おこし協力隊の主な仕事として全国でチャレンジされていることではある。しかし石川さんはそれらの開発を推し進めることには実は反対派だ。作るだけなら簡単だが、それがヒットする確率は極めて低い。だから安直にはやらないようにはしているという。
「それよりも、なぜ地場産品でヒット商品を作らないといけないという話になるのか、もっと根っこにある問題は何か探って、地元の人が見えていなかった課題を発見して、課題解決のための方法を提案するということをやろうとしています」
そういった「考えること」そのものが、現在の石川さんの重要な仕事なのだ。
石川さんが得意とするリノベーションやデザインという技術は、それら課題を解決する手法のひとつだという。
「イワシビル」は地域を元気にするための装置
「イワシビル」は地域と事業者が抱える課題を解決するための装置としてつくったものだと石川さんは話す。JR阿久根駅からほど近い市の幹線道路沿いに建つイワシビル。ウルメイワシの丸干しを主に取り扱う阿久根の老舗会社・下園薩男商店が運営するビルである。1階はカフェとショップ、2階は同社の製品をつくる工場、3階はゲストハウス(宿泊施設)という構成で、2017年にオープンした。建物の内装や家具、取り扱う製品はスタイリッシュで現代的だ。オープン当初から話題になり現在もこのビルを目指して阿久根に来る人も少なくない。ゲストハウスには海外からの宿泊客も来る。
もともとは保険会社だった空きビルを同社社長が買ったところから始まった。利用用途は当初は決まっておらず、社長の息子さんにあたる3代目の下園正博さんに任せられ、石川さんに正博さんから相談が来たのだという。それは、建物をただおしゃれにつくり替えたいという話ではなかった。古ビルと町が抱える課題、そして下園さんの会社の事業、それらの要素を考慮して「阿久根の未来に対して、このビルにどういう機能を持たせるか」という話だった。単純におしゃれなだけでは影響力は出ない、理念をどう表現するかその積み重ねが人を巻き込んでいく強さになると石川さんは語る。
石川さんは正博さんとともにアイデアを出し合う中で、やはり阿久根の若者が進んで就職して来るような会社でありたい、ひいては地元の子供たちがいずれまた帰ってきたくなる町をつくりたいという話になったという。そして、もちろん昔ながらの干物をつくることも続けながら、町の未来に対する投資として新しい取り組みをしようと話が進んでいった。
「地元に働き手がいないという話は、イワシビル以前から阿久根全体の問題として語られていたことです。新しい地場産品を開発しようとかそういう話になりがちなのも、根っこには新規の雇用がつくれないという問題があるから。ずっとその解決策を何かの形で提案したいとは思っていました」
若者が地元に就職してくれない理由は給料の話ではない、働きたい場所があれば地元で働いてくれるのだ、石川さんたちはそう考えイワシビルの構成を考えた。イワシビルは従業員がカフェで働く日もある、自社製品の工場で働く日もある、海外のお客さんと話をする日もある、そういう働き方ができる場になった。
「地域と地場産業が次の明るいステージに上がれるような事例をつくろうと思いました。そういう10年20年かからないと解決できないような課題への仕掛けとしてイワシビルをデザインしたんです」
イワシビルには、当初の計画通り20代の若者が5人以上も新たに入社した。他府県の漁業関係者も「なぜ干物屋さんに若い人が就職するんだ」と驚いて視察に訪れているという。
メディアにも取り上げられ、これまで地元では馴染みのなかったゲストハウスという宿泊施設の形態も認知されるようになった。石川さんの元には「うちの店も改装してほしい」「ゲストハウスをつくりたい」などの相談が複数来ているという。イワシビルをきっかけに地域の機運は盛り上がり始めた。
「建築物は嫌でも目につくから、プレゼンテーション力はものすごく強いんです。とくに地域外の人から阿久根を評価されると、その「喜び」によって地域の中の人への説得力も増すんです。楽しそうなこと、おしゃれなことをやったら阿久根にとって良いことが起こりそうだと地元の人も感じてくださったように思います」
阿久根を拠点に「地域おこし会社」をスタートさせる
何か新しいことで地域おこしをするなら、地元にあるヒト・モノ・コトという地域資源をベースに、継続可能なオリジナルのものをつくらないといけないというのが石川さんのセオリーであり、リノベーションの考え方のルールでもあるという。「阿久根は資源の宝庫のような気がします。まだまだ楽しいことができると思っているんですよ」と語る石川さん。なんとこれから阿久根を拠点にした地域おこし会社を立ち上げる。
新会社が掲げるミッションは「おかえりなさいをつくる」。人と商いと観光を興して地元の子供たちが帰りたくなる町づくりをしていく。まずは阿久根の道の駅の再生から取り掛かるという。建築的なハード部分と販売商品などのソフト部分の両方をリニューアルして道の駅を「これでもか」というくらい盛り上げたいと語る。直売の野菜を増やしたり、飲食店のメニューを充実させたり、外にコーヒーやドーナツが買えるスペースを設置したり、海沿いでバーベキューができるようにしたりなど、まずは基本的なことから着手していく予定だ。そのような町おこしの経営事業でつくった財源で、若者が阿久根に戻って来たくなるような新しい事業をつくるというサイクルを3年ほどかけて何周か行なっていきたいということだ。
「町の課題というと暗い話に聞こえがちですが、それは新しいビジネスチャンスのネタになるので、暗いイメージはありません。ちゃんと僕らが面白いことを仕掛けられるかが重要だと思っています。3年もやればきっと次に繋がると思うし、その時に30代40代になる後輩が引き継いでくれる流れに持っていきたい。楽しそうだったらみんな参加してくれると思うんですよ。その中継ぎ的な状態をどれだけ作れるかという感じです」
他にも、廃棄されている農業生産品のB品を引き受けてピクルスやジャムにする工場を作ったらどうかなど、当面は山ほどアイデアがある。「次は何をやろう」とみんなで語る時間はとても楽しいという。
インタビューの冒頭で筆者は石川さんに「肩書きは何ですか?」と問うた。しかし話を聞いていくうちに、それは野暮な質問だったと感じた。石川さんの仕事は既存の職業名の枠には当てはまらない。これまではリノベーションやデザインという技術を用いて町づくり、地域おこしの一翼を担ってきたが、今後はきっとそれ以外の技術やアイデアも用いていくのだろう。阿久根市がこれからどのような進化を遂げるのか期待する一方で、石川さんの活躍によって「コミュニティ・エリアデザイン」というものが一般に認知され、地域おこしの分野でまた新たな職種が生まれ世間に定着していくのかも知れないと考えると、さらにワクワクしてくる。
石川さんの鹿児島暮らしメモ
かごしま暮らし歴は?
4年目です。
U•I•Jターンした年齢は?
40才
U•I•Jターンの決め手は?
阿久根市の地域おこし協力隊。持っている技術を生かして地域を元気にしたかった。
暮らしている地域の好きなところ
きれいな海と夕日と猫。美味しい食べ物。面白い人が多いこと。
かごしま暮らしを考える同世代へひとこと!
一度遊びに来てください。きっと気に入ります。