冒険心を駆り立てる海や山 手付かずの自然が残る 父親のふる里へ(後編)

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プロローグ

2014年、鹿児島県は大隅半島の中核都市・鹿屋市に地域おこし協力隊としてやってきた繁昌孝充さん。「かぎ引き祭り」で有名な鹿屋市の高隈地区で、木工家具製作や林業に携わってきた経験を生かすなどして地域活性化に貢献してきた。もともと山が好きで山に関わることが多かった繁昌さんだったが、南大隅町でのカヤックガイド養成講座に参加したのをきっかけに、そのフィールドは海へも広がるようになる。大好きな山や海でのアウトドアが仕事とリンクしていった経緯や現在の暮らし、今後やっていきたいことについて、さらに話を聞いた。

地域おこし協力隊を卒業 宿泊施設で再始動

20173月、地域おこし協力隊として3年間の任期を終えた繁昌さん。その後の身の振り方は具体的に考えていなかったが、同じ地域おこし協力隊の同期であった青木敬介さんに誘われ、二人で地域ビジネスを支援する会社「ひとつむぎ合同会社」を立ち上げることに。しばらくは、ひとつむぎ合同会社として特産品の販路開拓やグッズの作成などビジネスモデルを模索しつつ活動していたが、今年の初め、「ユクサおおすみ海の学校」を経営する株式会社katasudde(カタスッデ)から声がかかり、オープンまでの準備段階を経て同施設のマネージャーに就任。スタッフの取りまとめ役を担う一方で、シーカヤックやSUPのインストラクターとして“PADDLERS(パドラーズ)”という団体も立ち上げ、アウトドアガイドとしての事業展開を任されている。

宿泊客のために寝具を準備する繁昌さん

 繁昌さんがいちばんに感じている鹿屋、そして大隅半島の魅力は、海にしても山にしても、手付かずの自然が多く残っているということ。

「首都圏近辺の場合、自然体験のフィールドの多くが情報も整いメジャーになっていて、だれもが足を踏み入れられるような場所ばかりなんですが、大隅半島だと、本当に地元の人さえもあまり行ったことがないような秘境的な場所がすごく多くて、そういったところをアウトドアで楽しむフィールドにできるというのが、すごく面白いなと思います。」

森林組合で林業をやっていた経験から、未開拓の山にも抵抗なく入れる繁昌さん。大隅の山林にも実際に足を踏み入れ、魅力的な場所をたくさん発見してきたという。海も然りで、シーカヤックという一つの道具を使い、日常の生活では人が立ち入らないような場所に行けるところに、とても魅力を感じているそうだ。

「この『ユクサおおすみ海の学校』という自然に直結した場所で、いろんな地域からお客さんに来ていただけるなかで、大隅の自然を満喫してもらえるようなことをこれからどんどん広げていきたいと思っています」

ユクサおおすみ海の学校で秋に開催された気球搭乗体験イベント

 

気負いなく移住 「不便」も「楽しみ」に

『移住』というと、どこか意を決して移り住むイメージがあるかもしれない。しかし繁昌さんの場合は少し違う。本人曰く「意識的に何かをしようとして鹿屋に住んでいるというよりは、気持ちのままに行きたい場所に行って、自然の流れでそのままここに居ついている感じ」なのだそうだ。

そんな繁昌さんの言葉には、移住先でしっくり暮らせるヒントが一つ隠されているように思う。それは「気持ちのままに」ということだ。しかしそれは、単なる思い付きや一時的な感情によるものではない。繁昌さんの場合、鹿屋での一か月間の滞在を経て、地域おこし協力隊に応募し移住した。時間をかけ五感で風土や暮らしをとらえ、土地との相性を確かめたうえで生まれた「ここに住んでみたい」という気持ち、それに従い行動しているのだ。繁昌さんは言う。

「ひと言で鹿児島と言っても地域はいろいろあって、場所によって風景や人も全然違う。情報だけではイメージしか湧かないですし、それは自分の目で見てみないと分からないもの。住みたいと思う場所があったら、一回ではなく何度も足を運んで、自分がここだと思うような場所を見つけるのがいちばんいいように思います」

繁昌さんが「ここだ」と選んだ鹿屋は、豊かな自然に恵まれている一方で、県の中心都市へ行くのにフェリーや高速道路で1時間以上かかり、見方によっては不便さもある。けれど

「都会のように満員電車で移動するよりもフェリーでのんびり移動するのが楽しいという部分もあって、不便も楽しみに変わっているという感覚が強いですね。鹿児島市内まで距離があるのは確かですが、大体のことは鹿屋で事足りるし、特に何かが改善されて欲しいということは思わないです」

不便さもまた、繁昌さんにとっては魅力の一つのようだ。

薩摩半島と大隅半島をつなぐ桜島フェリー。迫力の眺望が楽しめる、15分間の海の旅

縁に支えられて在る今 新しい命に想うこと

ユクサおおすみ海の学校スタッフ・木下さんと。木下さんも東京からIターンしたばかりの移住者だ

現在のこの状況に至るまでには、鹿屋へ移住してからの4年間で繋がった様々な縁に支えられてきたという繁昌さん。仕事だけではなく、住まいについても、地域おこし協力隊時代にたままた出会った大家さんに家を貸してもらうことができた。築60年くらいの古民家で、自らリフォームやDIYで手を加えた住まいは、庭でバーベキューを楽しむなど、移住を機につながった仲間が集う場所にもなっている。また、昨年には地元の女性と結婚。子どもも生まれた。

「子どもにも、鹿屋の自然の魅力をたくさん感じてもらいたい。成長していつかは県外へ出て行くこともあると思いますが、その時に、大隅半島の自然はすごく魅力的だったと思ってもらえるように、過ごしてもらえたらと思います」

繁昌さんの鹿児島暮らしメモ

かごしま暮らし歴は?

5年目です

 U•I•Jターンした年齢は?

28歳です

 U•I•Jターンの決め手は?

自分のルーツである土地だったから

 暮らしている地域の好きなところ

 海も山も含めて自然環境が魅力的

 かごしま暮らしを考える同世代へひとこと!

 住みたいと思う場所があったら何度も足を運んで、相性を確かめるのがオススメです

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