第3回「屋久島から灰降る街へ」

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重たい火山灰が、麓の里に降りかかる

「ハレとケ」とは、非日常(ハレ)と日常(ケ)の空間や時間を行き来する日本人ならではの伝統的な世界観のひとつ。普段の生活で特に意識することはなくても、祭りなどの年中行事はハレの場であり、「ハレの日」や「晴れの舞台」「晴れ着」など馴染みのある言葉も暮らしに根付いている。

日常の中の小さくて、大切な祭りの日

僕にとってのハレは「旅」であり、ケは「日々の暮らし」である。ファインダー越しに四角く切り取られた世界を覗きながら、非日常と日常の間を行ったり来たりすることが写真の醍醐味なのかもしれない。

20歳からの4年間を過ごした僕のやくしま暮らし。ハレ(非日常)であったはずの島暮らしは、いつしか日々の生活に追われて過ごすケ(日常)になりつつあった。屋久島を初めて訪れ、旅人としてカメラを構えていた頃の感動やワクワクが次第に写真から消えつつあったのだ。

かつお漁船。カメラを覗いて日常と非日常の間を切り取っていく

僕はいつしか、島で生まれ育った中高生と同じような心持ちになって水平線のかなたを眺めながら「僕も海の向こうに飛び出してみたい」と思うようになっていた(自ら島に移り住んでおきながらなんとも勝手なものだが)。

24歳の春。島を出ることを決意した僕は、1年だけ長崎に帰郷。アルバイトでお金を貯めながら着々と旅支度を整えると、両親に「鹿児島で仕事と家ば探してくるけん」とだけ告げて再び長崎を離れた

そばの実を落とす脱穀風景。何気ない車窓の風景も記録する

目的地は鹿児島市。屋久島と新たな視点で向き合うために、鹿児島で暮らしながら島へ通おうと思ったのだ。なんのアテもツテもコネもなく(当時の)西鹿児島駅におり立った僕は、ザックを背負ったまま求人雑誌と賃貸情報誌をせっせとめくったっけ。

そこで僕は、ハレとケのほかにもうひとつの世界を知ることになった。錦江湾に浮かぶ桜島の存在だ。初めて鹿児島市内の街中で桜島の噴火を見た瞬間、「これはマズイことが起こったに違いない」と思わずあとずさりをしたのは僕だけ。あたりを見回しても道行く人々はモクモクと立ち上る噴煙など見向きもせずに平然と過ごしている。

夜間の桜島の噴火。肉眼でもはっきりと赤いマグマを見ることができる

鹿児島では噴火による灰を「ヘ」と呼ぶ。鹿児島で長く暮らす人にとって桜島の噴火は日常なのかもしれないが、ハレとケの間を行き来していた僕に、もうひとつ「ヘ(灰)」のある暮らしが加わった瞬間だった。

あれから15年。屋久島時代も含めるとあしかけ20年以上にわたって鹿児島をめぐる旅を(いまだにしぶとく)続けている。旅の途中で嫁をもらい、子供も授かった。片道切符の1人旅は、いつしか賑やかな家族の旅(プラス猫2匹)になった。続く

PROFILE : 高比良有城 Yuuki Takahira
1978年、長崎市生まれ。九州ビジュアルアーツ専門学校・写真学科卒(福岡市)。写真学校在学中より屋久島をテーマに撮影し、卒業後、移住。島の情報誌づくりに携わりながら作品制作を続け、丸4年を過ごす。25歳から鹿児島市に拠点を移しフリーランスのフォトグラファーとして活動。
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